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トラッド(トラディショナル)ファッションのブランド&セレクトショップの一覧

Point

トラッドとは、トラディショナル(traditional)の略語で、「伝統的な」という意味。ファッションにおいては、時代に左右されない普遍的な服装を指す。その源流を辿って行き着くのが英国紳士の着こなし。また、アメリカへと伝わり、独自の進化を遂げたのがアメトラ(アメリカントラディショナル)である。

トラッド(トラディショナル)

BROOKS BROTHERSブルックス ブラザーズ)

公式 http://www.brooksbrothers.co.jp/

1818年、ヘンリー・サンズ・ブルックスがニューヨークで「H.&D.H.ブルックス社」を創業したのが始まり。1850年、社名を「ブルックス・ブラザーズ」に変更。

アイビールックを代表するブランドで、アメトラ(アメリカン トラディショナル スタイル)の代表的なブランドとカテゴライズされているが、ブルックス ブラザーズ自体は「トラッド」という表現はせず、「アメリカンクラシック」という表現を打ち出している。

現在では、ラルフ ローレンなどと並んで、アメトラの代表的なブランドと位置づけられている。

POLO RALPH LAUREN (ポロ ラルフ ローレン)

公式 https://www.ralphlauren.co.jp/

1968年、デザイナーのラルフ・ローレン(Ralph Lauren)が自身の名を冠したブランドを設立。

紺色の布タグから通称「Blue Label (ブルー レーベル)」と呼ばれている。主軸として最も普及している定番ライン。キッズも展開。

Band of Outsiders(バンドオブアウトサイダーズ)

公式 https://www.bandofoutsiders.com/

2004年、スコット・スタンバーグ (Scott Sternberg) が、アメリカ・ロサンゼルスでスタート。スコットはもともと映画業界でエージェントをしていたが、映画業界からファッション業界へキャリアチェンジした。ブランド名の由来はジャン= リュック・ゴダールの映画「はなればなれに」の英題。 2015年春夏シーズンにてブランドを休止するが、2017年春夏コレクションより復活した。

設立当初はシャツ・タイという二つのアイテムに絞った展開をしていた。その後、ニューヨーク・ブルックリンにハンドメイド工場を持ち、テーラー歴50年、ブルックリンで100年以上の歴史を誇る伝説のテーラー職人、マーティン・グリーンフィールドからテーラードを本格的に学ぶ。上質なテーラリングをベースに、伝統を重んじながらも、ユーモアに溢れたセンスと優れた品質のスリムなボタンダウンシャツ、ストライプ・パッチワークのスーツなどは日本でも人気となり、現代的なフィット感、洗練された雰囲気を取り込み、ファッション愛好家の支持を集めた。

【ブランド休止からの復活】

2015年、ルクセンブルクのCLCC社に買収されたことで転換期を迎える。

日本においてはベンチャーキャピタルのCLCCに譲渡されるまでサザビーリーグが独占販売契約を行っていた。そのサザビーリーグによると、ブランドの休止の知らせを受けたのは2015年5月に入ってからとのこと。ニューヨークに路面店を出店したが、その後、経営難に陥り出資会社が離れていったことが引き金となった。

2016年8月に、創始者抜きのリブランドを決定。2016年9月に行われたニューヨークファッションウィークで見事復活を果たした。新生クリエティブチームの3人がデザインした2017年春夏コレクションは、ストリートにインスパイアされたものに仕上がった。しかし、評価は分かれ、最初に起用した3人のデザイナーは早々と解雇された。

二度目のリブランドにあたっては、ブランドのDNAであるプレッピーをアレンジしたスタイルに立ち戻る方針とのこと。

アメカジ系メンズファッションのブランド&セレクトショップ一覧

概要

アメリカンカジュアルの略語がアメカジです。元々はアメリカの大学生の服装を手本にしたファッションスタイルです。合わせるアイテムはデニムやスウェット素材を使ったシンプルで動きやすいものが多いので、気軽に取り入れられるジャンルです。

大定番であるジーンズを筆頭に、ネルシャツ、ワークブーツ、スウェットパーカーと主にアメリカにルーツを持つアイテムを用いるのが大きな特徴です。

アメカジ系(アメリカン カジュアル系)

【メモ】 RED WING(レッドウィング)、 AVIREX(アヴィレックス)、 ALDEN(オールデン)、 ALPHA INDUSTRIES(アルファインダストリーズ)、 Champion(チャンピオン)、 CONVERSEコンバース)、 Dickies(ディッキーズ)、 Denime(ドゥニーム)、 Danner(ダナー)、 ENGINEERED GARMENTS(エンジニアド ガーメンツ)、 FREAK’S STORE(フリークスストア)、 G.H. Bass & Co.(バス)、 Healthknit(ヘルスニット)、 JUNK FOOD(ジャンクフード)、 JOURNAL STANDARD(ジャーナルスタンダード)、 Ron Herman(ロンハーマン

RESOLUTE(リゾルト)

公式 http://www.resolute.jp/

デニムブランド「Denime(ドゥニーム)」の創設にあたりデザイナーとして参加した経歴を持つ林 芳亨(はやし よしゆき)が満を持して、日本屈指のデニム職人たちと創り上げるブランドが「RESOLUTE/リゾルト」である。

ブランド名は英語で、「毅然たる・意志の堅い・断固とした」といった意味がある。

メイド・イン・ジャパンに拘り、織布から染め、縫製、仕上げまでの全生産工程が西日本の中国地方、備後地区の熟練のデニム職人たちの手によって行われている。昔ながらの染色方法、旧式織機で織られたオリジナルの生地には、他とは全く違う毛羽立ち・ザラつき感がある。この毛羽立ちこそが味のある色落ちに不可欠な要素となる。穿きこみ、身体に馴染んでいくにつれて、膝や腰、股など摺れる部分から毛羽がなくなっていき、そこから色が落ちていく。毛羽がなくなった部分は淡く、残っている部分は濃い色のまま。この濃淡が絶妙なカラーコントラストを生み出していく。ぜひ実際に触れてみてほしい。

基本となるジーンズのモデルは、リーバイスの通称「66モデル」をモチーフにしたボタンフライ / 紙パッチのLot.710と、「XXモデル」をモチーフにしたLot.711の2型がある。加えてジッパーフライのLot.712と、Lot.710の股上を浅くしたLot.713があり、全4型のモデルを展開している。

REMI RELIEF(レミ レリーフ

公式 https://www.remirelief.jp

2007年に設立、2008年の春夏よりスタートさせた日本のメンズファッションブランド。デザイナーは後藤 豊(ごとう ゆたか)が担当する。

ブランド名は、「REMIX=ミキシングし直す」という工夫と「RELIEF=取り除く」という作業を組み合わせた造語。ひとつひとつの工程に工夫を付け加えながら、余分なものは取り除き、省いていった結果「いいもの」が生まれるというマイスター(MEISTER)の思想が由来。

コンセプトは「HIGH QUALITY OF LIFE」。量では無く「質」という思いを基に、糸、撚糸、編み立て、プ リント顔料、加工と全てを拘りながら、無駄を省いた「究極なアメリカンベーシック」を追求している。

1960年代の古着やヴィンテージの洋服の味を再現すべく、染めや加工に独自の方法を施し、それでいて『今』着ていてもカッコいいものになるよう、古着には無い現代的なシルエットやサイズ感に落とし込み、アレンジすることで『古着の良さを知る大人』から『古着を通ってきてない若い人たち』にも愛される存在感のあるアイテムを作り出している。

RRL(ダブルアールエル)

公式 https://www.ralphlauren.co.jp/ja/men/rrl

ラルフ ローレン(RALPH LAUREN)が1993年に立ち上げたブランド。誕生のきっかけは、ヴィンテージコレクターとしても有名なラルフ・ローレンが、ヨーロッパでリーバイスのヴィンテージものを探していた時、既に他のバイヤーによって買い占められていたことを残念に思い、自らヴィンテージに特化したブランドを立ち上げようと決意し、新たにブランドが作られた。

ブランド名は、ラルフローレン夫妻がコロラド州に所有する「RRL牧場」から名付けられた。元々この牧場の名は、ラルフ・ローレンと、妻リッキーの頭文字を取って名付けられていた。

日本へは1994年に上陸し、多くのファンを獲得して大人気となる。しかし、思い描いていたコンセプトとは大きくかけ離れ、アメリカでも日本でもオーバーサイズのストリートファッションとして着られるようになっていた。これを不服に思ったラルフ・ローレンは、1998年秋より生産中止の処置を取る。しかしその後、ファンの強い要望に応え、2001年に復活を果たした。復活後はサイズ感が小さくなり、価格帯も高額に設定された。

RRLは、アメリカの古き良き時代の暮らしとワーク・ミリタリーウェアを上手く取り入れたスタイルに、上質な素材を使って拘りのヴィンテージの加工をしながらも、確かな縫製を用いて最高の品質のものを作り上げたヴィンテージの魅力を現代に蘇らせたコレクションとなっている。カジュアルでありながらクオリティの高いハイファッションのブランドである。

Levi's(リーバイス

公式 https://www.levi.jp/

リーバイ・ストラウス(英語:Levi Strauss & Co.)は、アメリカ合衆国を拠点とするアパレルメーカーであり、ジーンズのブランドである。通称リーバイス(Levi's)。現在も創業者の子孫であるハース家(株式の75.6%、議決権の99%)によって所有されている。

1853年、リーバイ・ストラウス氏がアメリカ・サンフランシスコに創業した雑貨店・生地商「リーバイ・ストラウス社」が起源のジーンズブランド。当時、ゴールドラッシュの背景もあり、労働者向けの作業着としてキャンバス地のワークパンツを製作していた。その後、素材をデニムに変更し、1870年代にリベットを使って補強を施したことでジーンズの原型が完成。1880年代になると基本ディテールが確立され、1890年に導入された品番統制により、全てのジーンズのオリジンである「501」が誕生した。なお、ジーンズと呼ばれるようになったのは1920年頃になってからのことである。

時代に合わせてシルエットやディティールをアップデートし続けてきた『リーバイスジーンズ』の5ポケットスタイルは、永きに渡りキング・オブ・ジーンズとして君臨している。

【日本】

http://www.levistrauss.co.jp/

1971年4月 「リーバイ・ストラウス(ファーイースト)リミテッド日本支社」設立

1982年11月 「リーバイ・ストラウス ジャパン株式会社」設立

ジーンズの定番モデル
  • 501

    1873年、『リーバイス』は鉱夫などの過酷な労働を行うワーカーのために、デニム生地をリベットで補強した作業用パンツを作り出し、特許を取得しました。これこそがジーンズのオリジンとして名高い501の原型となったもの。その後、1890年のロットナンバー(品番)付番制度採用にともなって、501の名が正式に与えられることとなる。現在、501 は商標登録されており単なる品番ではなく商品名となっている。よって “501®”“501(R)” と表記されることが多い。日本では主に「ごーまるいち」と呼ばれるが、英語では「ファイヴ・オー・ワン」と呼ばれている。縫製技術の進化等により細部に変更を加えられながら現在まで製造販売が継続されている。

    レギュラーストレート

    2013年にアップデートされた501は、ウエストにゆとりを持たせてヒップ周りをすっきりと見せたほか、バックポケットの開口が以前より大きくなり利便性も向上している。膝から裾にかけてはややスリムな設定。全体的にバランス良くモダナイズされているのが印象的。

    スキニー

    不朽の名作である501に現代のエッセンスを取り入れて、アップデートしたものが「リーバイス501スキニー」になる。きれいめのスタイルを狙う人にはうってつけ。ストレッチ素材をMIXしたデニム生地で仕立てているので、細身でありながらも着用時の窮屈さは感じさせない。

    501T

    末尾につく “T” とはテーパードの略で、その名の通り太ももから裾にかけて徐々に細くなるシルエットとなっている。テーパードレッグのジーンズは、体型を問わず似合いやすいという大きなメリットもあり、長くすっきりしたラインを楽しむことができる。

  • 502

    501ZXXというモデルの後継モデルとして1967年にデビュー。ジッパーフライを採用している。こちらのクラシックタイプは、501と比べて股上が少し浅く、太もも部分がやや細身のシルエットになっており、スマートなシルエットを求めている方に適したモデルと言える。

  • 505

    1967年に初めてジッパーフライ型モデルとして誕生。「フライ」というのは、ジーンズの前のボタンやジッパー部分を隠すために二重構造にした型のことを言う。501、502よりもやや細身に作られ、ひざから裾にかけてテーパードがかかったシルエットが美しい。ウエストが大きめに設定されており、サイズが緩めのため長時間履き続けていても疲れにくい。

    このロットナンバーは US505 と 505(俗称・極東505) の2種類が存在した。USバージョンはアメリカ製、USなしはフィリピン・香港・マカオ製である。同じサイズでもアメリカ製はテーパードシルエットでヒップポケットが大きめなのに対し、フィリピン製の方がパイプドステムで腿周りのシルエット、ヒップポケットともに細めだった。

  • 510

    “究極のメンズスキニーフィット” というキャッチコピーの通り、リーバイスのジーンズの数あるモデルの中で最も細いモデル。全体的に足のラインにフィットした細いシルエットになっており、膝から下にかけてさらに細くしていることでよりタイトなシルエットを実現。

  • 517

    1971年にデビューした517は、通称サドルマンと呼ばれる、カウボーイ用のジーンズとして開発されたブーツカットの代表的なモデル。日常的にブーツを愛用するカウボーイ向けに裾が広いデザインとなっている。股上が深く、膝部分が細め、そして裾に向かって緩やかにフレアしている美しいシルエットが特徴。

  • 569

    モダンなゆったりとしたルーズストレートフィット。腰回りと太ももにゆとりを持たせたゆったりとしたストレートレッグの一本。503によく似た太めのジーンズだが、「503」よりもやや裾が太めで、「Levi's SILVER TAB バギーフィット」よりは細目のシルエット。

    ウエストのやや下で穿く、リラックスした腰穿きスタイルがおすすめ。

  • 606
    1965年モデルの606

    1965年に発売されたスキニーの先駆け。タイトスリム(スーパースリム)のジーンズ。バックポケットのステッチが省略されている。「LVC 606」(LEVI'S VINTAGE CLOTHING 1965 606 スーパースリム) という商品。

    1969年モデルの606

    '65年と比べて一番の違いは、バックポケットのステッチがこちらには入っていること。

  • 646

    1969年に発売されたモデルで、ベルボトム(BELL BOTTOM)と呼ばれる裾が極端に広がったシルエット。オレンジタブでリベット・コインポケットは無い。またコーデュロイ素材などを除いて基本的にパッチ無し。

    当時のフラワームーブメント(ヒッピームーブメント)を支持する若者のアイコンとなったジーンズ。ベトナム反戦運動を代表する「LOVE & PIECE」を象徴するアイテム。そのベルボトムのシルエットをさらに強調した、通称「ビッグベル」と呼ばれるのが「684」になる。

  • 511

    スキニーとストレートの中間のフィッティング。ただシルエットが綺麗なだけではなく、ストレッチ性の高いデニムを採用しているので無理なくスリムに穿くことができる。太ももから裾周りにかけてスリムで、長くすっきりしたラインを獲得できる。

【歴史】

1829年 バイエルン王国(Königreich Bayern)フランケン地方ブッテンハイムで、アシュケナージ系ユダヤ人の一家にレープ・シュトラウス(Löb Strauß)という名で生まれる。

※ バイエルン王国は現在のドイツ。英語名に由来したバヴァリア、ババリアなどの呼称が使われることもある。

父親は二つの家族を持っており、レープが16歳のときに腫瘍のために死去してしまう。それから2年経った1847年頃にレープは米国ニューヨークに旅立ち、腹違いの兄が設立していた「J.シュトラウス・ブラザー&カンパニー」という織物類の卸売事業を手伝い始めた。

1849年 レープはケンタッキー州ルイビルに移って生活し、兄達の会社の品物を販売した。

この頃、 Loeb(Löb)がアメリカ人に発音できないため「レヴィ・シュトラウス」という呼び名で知られていた。

1853年1月 24歳になった彼は、念願のアメリカ市民となる。英語読みの「リーヴァイ・ストラウス」と名のったが、正式なサインはLoebと書いていた。

1853年3月 カリフォルニア・ゴールドラッシュの商業の中心だったカリフォルニア州サンフランシスコの西海岸に移る。

この頃、「リーバイ・ストラウス&カンパニー」の前身となる雑貨商を開業。ニューヨークの兄達から織物類、衣料品、寝具、櫛、財布、ハンカチまでを卸すとともに、幌や帆の材料であったキャンバス地による主に港湾労働者向けの作業用パンツを製造・販売した。

1865年 リーヴァイ・ストラウスは、カリフォルニア・ストリートに雑貨店・生地商「リーバイ・ストラウス&カンパニー」を設立。当時はゴールドラッシュの最盛期であり、金の鉱山労働者から丈夫な衣服や縫製の需要があった。そこで、キャンバス地を使った丈夫なワークパンツを商品化。その後、素材はデニムに変更され、色もインディゴ・ブルーが採用された。

1870年頃 パンツの耐久性を高めるための工夫を重ねていた時、ネバダ州リノで仕立屋を営むヤコブ・デイビス(ジェイコブ・デイヴィス)が、リーバイス社から仕入れたキャンバス地のパンツ(ウエスト・オーバーオール)にリベット補強を施し、現在のジーンズの原型が完成する。デイビスはリガ出身の移民で、ストラウスの上顧客の一人であった。

1872年 デイビスからの手紙を受け取る。その手紙には、パンツに金属鋲を用いたことが書かれていた。デイビスには特許を取得するための資金がなかったため、ストラウスがその資金を提供し、協同で特許を申請した。

1873年5月20日 両者は共同で「衣料品のポケットの補強にリベットを使用する方法」(「Improvement in fastening pocket-openings」US139121A)に関する特許を取得。この時、ジーンズが誕生した。

1886年 「ツーホース・マーク」(2頭の馬で両方から引っ張っても破れないほど頑丈であることを表現)のレザーパッチがウエストバンドに縫い付けられ、後の「501」の基本ディテールが確立される。

1890年 品番統制により、ロットナンバーが導入される。ウエスト・オーバーオールは「501」という番号が付けられる。更に、ウォッチポケットとバックヨークが付く。これにより、すべてのジーンズの原点「501」が誕生した。リベットの特許期限が過ぎ、他のメーカーもジーンズ製造を始める。

1902年 創業者リーヴァイ・ストラウスが死去。

バックポケットが2つになり、現在のような5ポケットのスタイルが完成。

1906年 リーバイス本拠地のサンフランシスコに大地震が発生。本社ビルが倒壊し工場も大きな被害を受けたが迅速に復旧。

1915年 9オンスのデニム素材をノースカロライナ州のコーンミルズ社から調達開始(1922年より同社に一本化)。

この頃、デトロイトにあったフォードの自動車工場の生産システムをリーバイスの工場に導入、流れ作業による生産方式が衣料品の縫製工場に適用された米国における最初の例となった。

1922年 初めてウエストバンドにベルトループを設ける。但しサスペンダーボタンは1937年まで継続。

1930年 ボーイズ・モデルを発売(503XX)。

1935年 レディス・モデルを発売(701)。

1936年 トラッカージャケットTYPEⅠが誕生した年。

コピー製品防止のため、レッド・タブが考案される(1939年に意匠登録)。

1937年 サスペンダーボタンが廃止され、501のバックポケットのリベットが剥き出しタイプから隠しリベットとなる。デニム・ジャケットを発売(506XX、ファーストモデル=日本のみの呼称)。当時はブラウスという呼称で販売。

1943年 アーキュエット・ステッチを意匠登録。

1944年 第二次世界大戦中、物資統制のためアーキュエット・ステッチが縫製からペンキ描きとなり、カバーリベットを銅メッキのスチールリベットに変更。更に、バックストラップ(バックルバック/シンチバック)と股リベットを廃止。この時代のものはコインポケットのリベットも省略される。品番の頭文字に “Simplified(簡素化された)” を意味する「S」の記号を追加し、1946年までこれが続いた。

「501XX」のロットナンバーは1890年に導入され、1966年頃まで使われていた名称であるが、ヴィンテージ古着界隈で “XXモデル”と呼ばれるのは、1946~'66年頃までに製造されたものを指す。

「501XX」のXXは、生地の特徴を指す。ジーンズが誕生した1870年代当時としては、最も重厚なデニムを用いたことから、「ダブル エクストラ ヘビー」の略称として品番の末尾に付けられた。その後、よりヘビーオンスの生地が出回るようになったため、インディゴ染料だけで染め上げた最高ランクの生地「エクストラ エクシード」の略に意味付けが変わったと考えられている。当初はニューハンプシャー州のアモスケイグ社の生地を使っていたが、1915年よりノースキャロライナ州のコーンミルズ社が生産を請け負い、以降そのデニム生地は、リーバイスにのみ独占的に供給された。

1947年 アーキュエット・ステッチやコインポケットのリベットが戻る。但し、アーキュエット・ステッチはこの時から中央がクロスした縫い方「ダイヤモンドポイント」となる。これは当時の最新手法である2本針ミシンを使った新しい手法。全てのボタンが戦前のドーナツボタンから現在の形へと変更される。

1952年 ユース&ボーイズ版の「503B」、「504Z」を発売。デニム・ジャケットがモデルチェンジ(507XX、セカンドモデル=日本での呼称)。

1953年 トラッカージャケットTYPEⅡが登場。ボタンフラップの胸ポケット、プリーツの入った前身頃、銅製のシンチバックが特徴である。

「ツーホースマーク」のパッチはそれまで革製だったが、この年からオイル紙製が併用され始める。

1954年 初めて東海岸での販売を開始。ジッパー仕様の「501ZXX」が登場する。

1954年 映画「ワイルド・ワン(乱暴者=あばれもの)」で主演のマーロン・ブランドが501XXを着用し、ファッションとしてのジーンズの先駆を成す。

1955年 「オーバーオール」が「アメリカズ・オリジナル・ジーンズ」と改名される。

1950年代後半 ジェームズ・ディーンの影響もあり、ジーンズの大ブームが起こり、ジーンズが世界中の若者の服へと変わる。

1960年 従来のウエスト・オーバーオールから、初めて「ジーンズ」という呼称でフラッシャーに表記されるようになる。

1961年 「WHITE LEVI'S」の愛称で呼ばれるようになるホワイトジーンズ「800」が登場。ピケ、コーデュロイなどのジーンズを発売。これらがアメリカ東海岸で好評を以て迎えられる。

1962年 デニム・ジャケットがモデルチェンジ(557XX、通称サードモデル=日本での呼称)。現行モデルの基本形となる。この頃、紙パッチから “Every Garment Guaranteed”(通称・ギャラ)の表記が消える。それから暫く置いて、パッチに小さく"Made in U.S.A."と書かれるようになる。501XX などのヒップポケットから隠しリベットが徐々に廃止され、代わりにカンヌキ止め(バータック)が施される。

1963年 '59年から実験を繰り返していた独自の製法による防縮加工デニム=プリシュランクデニムが完成。初めてプリシュランク「プロセス686 防縮加工デニム」を使用したジッパーフライジーンズ「551ZXX」を発売。

1963年頃 真後ろのベルトループがオフセットからセンター取付けになる。

1964年 リーバイス・ジーンズがワシントンD.C.の国立スミソニアン博物館の展示物になる。

1965年 香港にファーイースト工場および営業拠点を設立。

1966年 リーバイスのロゴが「LEVI'S」の全大文字から「Levi's」に変更。また、ヒップポケットの隠しリベットがミシン補強(バータック)に変更される。

長い歴史の中で1966年から'71年の短期間にだけ、リベットの代わりに採用されたバータックと“Big E” レッドタブを併せ持つモデルが登場する。

1966年 リーバイス・ジーンズのテレビCMが開始。

1967年 バックポケットの隠しリベットを完全に廃止。ロットナンバーの変更(501XX → 501、501ZXX → 502-0117、551ZXX → 505-0217、557XX → 70505-0217)。

パッチのロットナンバー表記よりXXが廃止され、501-0117 のように素材と色の組み合わせが番号により表記される他、ロットナンバー( 501 など)のみ表記のものも出現する。ロットナンバーの数字がローマン体からサンセリフ体に変更された。過渡期には変更前後の両方が表記されたダブルネームも存在。70505以降のデニム・ジャケットはフォースモデル(日本での呼称)と呼ばれることもある。

トラッカージャケットTYPE Ⅲが登場。自分でフィットを調整できるウエストのサイドアジャスターや、前立てのカッパーシャンクボタン、ボタンフラップの胸ポケットなど現在のデニムジャケットの原型となったデザインとも言える。

1969年頃 パッチに “Care Instructions Inside Garment” と表記されるようになる。中でも501、505、517のうち特定の収縮率を有するタイプは66モデルと呼ばれ、1980年頃まで生産。501、502 以外の 505 などには大型織機で織られる広幅のデニムが使用されるようになり、「セルビッジ付きデニム」が順次廃止になる。ただし、サイドシームの裏側はインターロックではなく、脇割り縫い。アーキュエットステッチがオレンジ糸(合繊)に変わり、従来のイエロー糸(綿)は一旦完全に消滅。

1969年 スリムなシルエットが特長の「606」が登場。スタイリッシュなジーンズをお手頃な価格で求める若者たちのために生まれた。オレンジタブの付いた他のジーンズと同様にLINE8製法が採用されている。

1971年 株式の店頭公開を機に、ロゴ及びタブの表示をLEVI'S(キャピタルE)からLevi's(スモールe)へと変更。ブーツカット・ジーンズ(517-0217:初回生産にキャピタルEタブが存在)を発売。以降 505 の異素材型 518、ホワイトタブのモデル(606ブラック&ホワイトなど)やコンフォートフィットの 510、515 などを展開し、ラインナップを拡充。デニムの縮みでジッパーに歪みが生じる 502-0117 はアメリカでは生産中止(米国製スモールeも若干ながら存在。以降の香港製などは当然スモールe)。なお、日本では502-0117をワンウォッシュしてシュリンクさせてから販売していた。

この年、リーバイ・ストラウス(ファーイースト)リミテッド日本支社が発足した。

1974年 リーバイ・ストラウス社の主催により、デニム・アート・コンテストが開催される。

1975年頃 501、505 などのヒップポケット裏がチェーンステッチとなる(66モデル後期)。

1976年 501XX がスミソニアン博物館の永久コレクションとして加わる。

1978年 レッドタブの517に加え、オレンジラベルの517(20517)や異素材の 516 が発売される。ちなみにパッチのツーホースマークなどの印刷は、レッドタブモデルが必ず赤色で、それ以外は大抵が茶色である(コーデュロイジーンズなどにデザインが異なる赤印刷のものも存在する)。

1980年頃 501 の収縮率表示が約8%から約10%に変更(505から収縮率約3%の表示がなくなる)、通称ハチマルモデルへと移行。また、日本でジェームズ・ディーンを起用した広告キャンペーンを開始(ジェームズ・ディーン=リーバイスというイメージを日本に定着させるが、実際にジェームズ・ディーンが着用したジーンズはLeeだったことが後に明らかになる)。

1981年頃 501 にもセルビッジ無し、脇割り縫いの製品が現れ始め(通称・ハチマルチェーン)1986年頃までセルビッジ付きと共存。

1981年 女性用「501」を発売。

1982年 ストーンウォッシュ加工のジーンズを発売。それまでブルージーンズは未洗いまたはワンウォッシュのみであった。1980年代半ばにはケミカルウォッシュ、ブリーチ加工(リーバイスではアイスウォッシュと称する)も出現する。ハンドポケットの付いたデニムジャケット「70506」を発売。

1983年 デニム地の調達先であるコーンミルズ社が、セルビッジ一杯まで使用する必要があった29インチ狭幅デニム地の生産を中止。従来タロン、スコーヴィルなどがあったジップフライモデルのジッパーを順次自社ブランド表記に統一(ジッパー・メーカーにOEM発注)。バックボケットの濃紺色糸によるカンヌキ止め(通称・紺カンまたは黒カン)が順次消滅、バータックはオレンジ糸のみとなる(ブルージーンズの場合)。

1985年 リーバイスヨーロッパ企画のシルバータブシリーズを発売。アメリカでの生産はオレンジタブモデルと同じ「ライン8」で行われた。

1986年頃 上記に伴って「セルビッジ付きデニム」の501 生産が一旦終了。501、505 などのブラック&ホワイトや、パッチのロットナンバーが赤文字表記のものが登場する。紙パッチのロットナンバー・サイズ表記以外の部分がコーティングされるようになる。

1988年頃 501 と一部の 505、517 についてパッチのロットナンバー表記の数字が大判化(例:501)。これはロットナンバーのみ表記の場合に限られ、素材・色コード付き表記の場合は小さいまま(例:505 0217)。また米国製は以前の黒文字時代から 510 0217 というようにハイフンを省略。その中で生産工場にもよるが 501xx(xxは小文字)というパッチ表記が復活。この頃には、PRESHRUNKの表示があるモデルは 501 でさえも殆ど収縮しないようになった(他と同じく収縮率3%)。

1991年頃 紙パッチの材質・印刷を改良。洗濯を繰り返しても破れないようになる。数字がスタンプから丸みを帯びた字体の印刷に変わり、素材・色コード付きの表記が再びハイフン入りとなる(例:505-0217)。デニム・ジャケットのパッチが再び大型になる。ルーズフィットの 519(復活型番)、520 を発売。

1992年 先に日本で「502」(実態は中期の501ZXX。ジッパー・フライ)として生産・発売されていたヴィンテージ復刻ジーンズを、「ビッグEプロダクト」としてアメリカでも生産開始(隠しリベット無し・ボタン・フライの501 1968年モデル)。量産型 501 はロットナンバー表記が再び黒文字となり(501xx)、501 以外の量産モデルは紙パッチからXXの表記が消える。1988年頃からこの時期にかけての 505、510、517 にはロットナンバーのみ表記ながら小さい赤文字のものもある((-)0217を省略した形:エルパソ工場製など。例:517)。これにより、ビンテージ・ジーンズというラインアップが誕生した。

1993年 アメリカネバダ州で「世界一古いリーバイスジーンズを探すコンテスト」が開催された。最古のジーンズ『1880年代製造』が発見された。

1994年 日本でも「501」が、登録商標として認められる。登録商標 第2624101号

1996年 1955年モデルの復刻、55501を生産開始。

1997年 日本が「551Z」として先行していた 551ZXX(ジッパー・フライ)の復刻版を生産・販売。米国製の復刻版は「リプロダクト」または「リプロデュース」と称する。

1998年 リーバイス・ヨーロッパが、過去のリーバイス・ジーンズを忠実に復刻するために、LEVI'S VINTAGE CLOTHING(通称・LVC)プロジェクトを開始する。

501 以外のモデルも生産工場によっては、ロット・ナンバー表記が再び黒文字となる(例:505)。一方で赤文字の量産モデルでは"Every Garment Guaranteed"の表記が復活したものもある。

1999年 日本で「リーバイス ストア」第1号店を東京・原宿にオープン。

2000年 リーバイスのCMに初めて日本人キャラクター(木村拓哉)が出演する('70年代にはモデルとして日本人を起用したケースはある)。

アメリカ国外での生産が比重を増し、それまでの 501 = 01デニム、501 以外 = 02デニムという素材についての図式が崩れる。パッチのロットナンバー表記は全て黒文字となり、505-03のように素材コードのみを併記。

2000年 リーバイスヨーロッパの企画で「リーバイス レッド(LEVI'S RED)」がスタート。様々な革新的なジーンズを発表する。

2001年5月26日 リーバイ・ストラウス社は、米国ネバダ州で発見された、1880年代製の現存する世界最古のLevi's(リーバイス)ジーンズを入手。これはインターネットのオークションで、ジーンズに付いた値段としては歴史上最高の46,532ドルの値がついた。

2002年 アメリカ国内にある工場の閉鎖が続々と決まる。

2003年 会社創立150周年、ジーンズの誕生から130周年を迎える。だが、バレンシア工場を初めとしたアメリカ国内の自社ジーンズ生産工場をすべて閉鎖。以降、ヨーロッパ企画のアメリカ製ヴィンテージ製品やその他のMADE IN USAモデルは、外注生産となる。アメリカにある本社はマーケティング・管理・デザイン開発のみを担当。

2004年 カナダの工場も閉鎖。北米地域の生産国はメキシコ、グアテマラ、ドミニカなどを残すのみとなる。

2004年 女性向けブランドとして「LEVI'S LADY STYLE」を発表。

2008年 501ジーンズのフルモデルチェンジを実施。世界10都市における消費者リサーチを経て、グローバルスタンダードとなるストレートジーンズを提案。

2010年 「リーバイス・ヴィンテージ・クロージング」のプロジェクトを全世界でスタート。

2013年 ブルージーンズ生誕140年を迎え、リーバイスブランドのアイコンである 501 のシルエットをアップデートして全世界で新発売。グローバルコレクションで初となるカラー4色(レッド、グリーン、ブルー、ベージュ)を加えた、全16種類。

2019年 リーバイ・ストラウス ジャパンが、1999年に誕生した「リーバイス エンジニアード・ジーンズ」の新モデルを発表した。キャンペーンヴィジュアルには俳優でタレントの「木村拓哉」と中国出身のミュージシャンの「リア・ドウ」を起用。1月22日、都内で報道関係者向けに新CM発表会が開催され、国内外から約50媒体が出席した。

※ リーバイス エンジニアード・ジーンズは、世界初の立体裁断ジーンズである「リーバイス レッド(Levi's RED)」を継承し、同ブランドのアイコンである「501」を再構築したジーンズとして誕生。

2019年3月21日 ニューヨーク証券取引所に再上場。

EDWINエドウイン

公式 https://edwin.co.jp/

エドウインは1947年に創業した「常見米八商店」がその始まり。この常見米八商店が1950年代に入りTSUNEMIとして中古のジーパンをアメリカから輸入し、それを市場で販売するというスタイルをとっていた。その後、1960年代に入り日本で初めて自社の技術によるジーパンの製造・販売をスタートさせた。

エドウインは、デニム素材を中心とした日本のファッションブランド。「エドウィン」と読むが、「エドウィン」というカタカナ書きは誤記であり、正しくは「エドウイン」である。

「EDWIN」というブランド名は、DENIM (デニム) の「D」と「E」を逆転し、「NIM」を180度反転し「WIN」として命名された。「江戸」が「勝つ」(WIN) という説は俗説であり、公式な情報は確認されていない。

1994年にはワイルドなシルエットを融合した「505」シリーズ、1997年には柔らかなはき心地の「503」シリーズが発売され、それぞれ大ヒット商品となった。ハリウッド俳優のブラッド・ピットが「503(ゴーマルサン)」と歌っていたテレビCMは、衝撃的なインパクトがあった。このCMを機に、エドウィンは世界でも爆発的人気となった。

2012年8月、為替デリバティブ取引で約200億円の損失を出していると報じられた。2013年11月26日、エドウイン・ホールディングスを持ち株会社とし、国内29社、海外5社を保有するエドウイングループは、事業再生実務家協会に対し私的整理の一種である事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)の手続きの利用を申請。その後受理された。

2014年3月10日、伊藤忠商事がスポンサー選定手続において、優先交渉権を獲得。エドウインHDの株式を100%取得し、スポンサー契約を締結したと発表した。5月29日の債権者会議で伊藤忠の子会社化などを柱とする計画が認められて事業再生ADRが成立。主要取引金融機関が計約200億円の債権を放棄し、伊藤忠が300億円超の資金援助をするという。

【デニム加工】
  • ワンウォッシュ

    1963年に、ジーンズの硬さや縮み、色落ちといった問題を解決するため、一度洗いをかけたワンウォッシュ加工を開発。

  • オールドウォッシュ

    1975年には古着の味わいを再現した中古加工ジーンズ「OLD WASH」を発売。ワンウォッシュから派生した古着独特のディテールを再現した中古(ユーズド)加工。グラインダー(手擦り)でジーンズを削るなど、道具を駆使してヴィンテージデニムを表現する。

  • ストーンウォッシュ

    1980年には世界で初めて「ストーンウォッシュ」加工を開発。ジーンズと軽石を入れて一気にかくはんするバレルの設計や軽石の調達など、当時の試行錯誤の賜物といえる技術である。その後、1980年代には「ケミカルウォッシュ」や「サンドブラスト」、「シェービング」など、デニムアパレルの主流となる加工を開発していった。

国内の生産拠点は北東地方(秋田・青森・宮城)に集積している。1973年に開業した自社工場第一号の『秋田ホーセ』(秋田県五城目町)。完成したジーンズが運ばれるのは、秋田市の海沿いの工業地帯にある『ジーンズM.C.D.』(土崎港相染町)。1989年(平成元年)にエドウインが設立したこの施設では、はき込んだような味わい深い表情を生み出すためのさまざまな加工処理を行なっている。“M.C.D.” の名は、Manufacturing=ジーンズの製造、Cleaning=ジーンズの特殊洗い加工、Development=ジーンズの新商品開発、それぞれの頭文字をとったもので、ウォッシュをかけるだけではなく、シェービングやダメージ加工など、さまざまな加工手法を開発・応用している。また、併設の物流センターは1997年に設立。建屋は建築床面積6520平方㍍、地上3階建てで、出荷と移動中間処理、返品処理、輸入品検査業務をこなす。

【取扱ブランド】
【歴史】

1947年 常見米八商店創業。米軍払い下げ衣料品の卸しを始めたのが濫觴。

1950年代 常見米八商店の商号から発展した「K.K.TSUNEMI」が、中古ジーンズを輸入して市場に卸した。擦り切れていたり、汚れたりしている中古ジーンズを補修し、洗濯して卸した。

1961年 米国よりデニム生地を輸入し、ブルージーンズの製造・販売をスタート。「EDWIN」誕生。

1963年 ペルーのタンギス綿を用いたレインボーセルビッジデニムを開発し、プロトタイプモデル「359BF」発売。ワンウォッシュ加工開発。

1969年 ボタンナップフレアー、ダンガリーシャツ発売。「ダンガリーシャツ」の名前を命名。

5月、「株式会社エドウイン商事」設立。

1973年 女性のためのシルエットを開発し、「レディース・エドウイン」発売。

1975年 「オールドウオッシュ」開発・発売。中古加工の先駆けとなる。

1979年 世界初のレディースジーンズブランド「サムシング (SOMETHING)」発売。

1980年 「ストーンウオッシュ」開発・発売。

1981年 「ロンドンスリム」をドイツで発表。

1982年 米国法人設立。

1983年 ストレートジーンズ「アメリカンベーシック」発売開始、「インターナショナルベーシックシリーズ(ロンドンスリム)」世界同時発売。

1987年 リー・ジャパン(株)を買収。

1991年 FIORUCCIを買収。

1994年 ニューヴィンテージモデル「505(セルビッジデニム)」シリーズ発売。

1997年 ニューベーシックモデル「503」シリーズ発売。

1999年 サムシングより美脚ジーンズ「ViENUS JEAN」発売。

2000年 「ラングラー(Wrangler)」の販売ライセンス獲得。

2001年 東洋紡との共同で世界最強繊維『ZYLON』の開発、「ZYLON-503」発売。「Wrangler」の日本における製造販売ライセンスを取得。

2002年 欧州で「SEN(EDWIN505の海外版)」がデビュー。

2006年 51種類の体型に合わせたシリーズ「PREMIA JEANS」発売。

2月27日、株式会社エドウイン・ホールディングスを持ち株会社とし、国内29社、海外5社を保有する企業グループとなる。

2008年 最高峰モデル「VINTAGE COLLECTION」全世界同時発売。

4月26日に日暮里駅前ビル「ステーションガーデンタワー」に日本最大の旗艦店「エドウイン・デニム・ギャラクシー」がオープン。

2010年 香港と上海に現地法人設立。

2012年 国産デニムを使用した「Made in USA」モデルを発表。

2014年 8月21日付で組織改編を実施。これまでは営業、生産・企 画、デザインという機能軸とした3部門を中心とした組織で事業展開してきたが、この組織改編で、ブランドを軸とした組織に改めた。具体的にはメンズブランドを中心とした第一部門、レディースブランドを中心とした第二部門を設け、それぞれにブランドごとの部を設けた。これに物流部や大阪、名古屋、中四国、福岡の各ディビジョ ン、経営企画と経営管理を統括する管理本部を加えた3部門体制となり、各組織で向かうべき方向性を明確化した。

2018年 10月24日、本社が目黒駅前に移転する。

Wranglerラングラー

公式 https://wrangler-jeans.jp/

1904年、ノースカロライナ州グリーンズボロにてC.C ハドソンがハドソン・オーバーオール社を設立。後のラングラーブランドの母体となる会社である。ラングラーは、様々なワークウェアカンパニーが合併、統合してできた歴史がある。ブランドとしての起源となったのは、作業着のメーカーだったブルーベル社のウエスタン部門の一ブランドである。

ラングラー、当時世界最大のワークウエアメーカーだったブルーベル社のジーンズ&ウエスタンウエアブランドとして、1947年に誕生。ハリウッド西部劇の衣装デザイナーであったロデオ・ベンを起用し、世界初のデザイナーズデニムを製作。当時は作業着でしかなかったデニムにファッション性をもたらし、カウボーイやロデオライダーから絶大なる支持を集めた。現在はLevi's、Leeと並び、アメリカの3大デニムブランドとして名を馳せている。

ブランドイメージのシンボルは、『カウボーイ』。古き良きウエスタン・スタイルを提案する。歴史的にもラングラーは、カウボーイの作業着として進化してきたブランドである。

【追記】

1986年にブルーベル社とVFコーポレーションが合併。 VFコーポレーションが、ラングラーとリーを傘下に納めていたが、2019年4月に新会社「Kontoor Brands, Inc.,」の設立を発表。Wrangler、Lee、Rock&Republicの各ブランド、およびVFアウトレット事業を分離して分社化した。

【ラングラージーンズの代表的なモデル】

「11MW」の後継として1964年に誕生したのが、「13MW」である。カウボーイからの評価が非常に高く全米の協会から公式のジーンズとして認定されている。基本シルエットはルーズなストレートとなっており、クセが少なく使いやすいと言える。

11MWと13MWという代表的なモデルの間にあるのが、幻の「12MW」というモデル。試作品のため本来であれば存在しないものだが、幻の復刻盤として今の時代に合わせて製品化された。

ラングラーの中でも海外向けに作られているのが「936」である。13MWから機能的なものを受け継ぎ、それに加えてシルエットをよりタイトにしたものとなっている。ジーンズ選びにシルエットを特に重要視する方に1度試してもらいたい逸品。

【VFコーポレーション傘下のブランド】

公式 https://www.vfc.com/

VFコーポレーションは、1899年に創業を開始した世界最大級のライフスタイルアパレル企業である。20を超えるダイナミックなライフスタイルブランドを擁している。

Altra、Bulwark FR、Dickies、Eagle Creek、EASTPAK、Horace Small、Icebreaker、JanSport、Kipling、Kodiak、Lee、Riders by Lee、Napapijri、Red Kap、Rock & Republic、Smartwool、Terra、The North Face、Timberland、Vans、Walls、Workrite、Wrangler、VF Solutions

【日本】

1971年 10月4日、VAN-ジャケットが40%、三菱商事が30%、東洋紡績が30%の出資で「ラングラー・ジャパン」設立。東洋紡績がデニム生地の開発・生産を行いVANが企画・営業すると云う異例の形態を取り国内でスタート。

1973年 Wrangler Gals(ラングラーギャルズ)をスタート。漂白加工を施したブリーチアウト・デニムを日本で最初に採用。

1979年 イエスコーデュロイキャンペーン実施、パワーウオッシュ発売開始。

1990年 天然藍を採用したデニム製品を販売。

1991年 アンティーク・ラングラーのシリーズで復刻デニム類を販売。

1997年 ラングラーブランド50周年記念のジーンズ等を販売。

アーカイブ・ブルーベル・シリーズで11MW、11MJを復刻する。

1999年 「VFジャパン」に社名変更。

2000年 「VFジャパン」解散、以後リー・ジャパン(エドウィンの傘下)が権利を引き継いでラングラー日本正規代理店となる。

後に「VFジャパン株式会社」は新しくできるが、こちらはティンバーランドとディッキーズの日本法人となっている。

公式 https://www.timberland.co.jp/career/jp/

新生【VFジャパン】

1999年 「ブランデッド・ライフスタイルジャパン株式会社」として創業。

2000年4月 米国「ザ・ティンバーランド・カンパニー」100%出資子会社「ティンバーランド・ジャパン株式会社」となる。

2011年9月 Timberlandブランドが「VFコーポレーション」の傘下に入る。

2013年10月 「ティンバーランドジャパン株式会社」が「VFジャパン株式会社」に社名変更。

【追記】

「VFコーポレーション (VF Corporation)」の日本支社である「VFジャパン」が、2018年12月30日付けでディッキーズ(Dickies)などを展開する「ウィリアムソン・ディッキー (Williamson-Dickie)」の日本法人「ウィリアムソン・ディッキー・ジャパン (Williamson-Dickie Japan)」を吸収合併すると発表した。

【歴史】

1889年 イリノイ州アビンドンで「グローブシャツ&オーバーオールカンパニー」が創業開始。

1904年 C.C.ハドソンと弟のホーマーが「ハドソン・オーバーオール・カンパニー」を設立。後にラングラーの母体となるブルーベル社の前身的な会社。

1905年 メリーランド州ボルティモアのケーシー・ジョーンズ社が「ラングラー」の商標を登録する。

1907年 テネシー州ジェリコで、R.J.レイノルズとJ.B.マッキンリーの手により「ジェリコ・クロージング・マニュファクチュア・カンパニー」が創業開始。

1918年 この頃、ジェリコ社は、ケンタッキー州ミドルズボロに、床面積33,000平方フィートの近代的な大工場を構えた。

1919年 「ハドソン・オーバーオール・カンパニー」が社名を「ブルーベル・オーバーオール・カンパニー」と改める。&初めての自社工場を設ける。

この頃、ジェリコ・クロージング・マニュファクチャリング社は、ビッグベン・マニュファクチャリング社に社名を変更する。後にオーバーオールの名品と評価の高い ビッグベン・オーバーオールの名前の由来となる。

1920年 「グローブ・シャツ&オーバーオール社」は「スーペリア・ガーメント社」と合併し、「グローブ・スーペリア・マニュファクチャリング社」に社名を変更。

1926年 「ビッグベン・マニュファクチュア社」が「ブルーベル・オーバーオール社」を買収するが、会社はそのまま残った。

1929年 ラングラーの商標登録を行っていた「ケーシー・ジョーンズ社」が、「ラングラー」という名前のワークウェアを発表。

1930年 ビッグベン・マニュファクチュア社がブルーベル・オーバーオール社に社名変更。

1934年 グローブ・スペリアー・マニュファクチュア社がJ.C.ペニーのハウスブランド「ビッグマック」において、世界で初めて「サンフォライズド加工(防縮加工)」のワークウェアを生産。それまでのデニム生地は約10%の縮みがあったが、この新素材は1%の縮みしかなく、生地を最大限効率的に使うことができるようになった。

1936年 ブルーベル・オーバーオール社とグローブ・スーペリア・マニファクチャリング社が合併。 ブルーベル・ グローブ・マニファクチャリング社となる。 当時、両社ともワークウェア市場で人気の二大メーカーであり、この合併は新聞で「ワークウェア業界の国営製鉄所」と称された(世界最大の売上高を誇るワークウェアカンパニーとなる)。

同年、サンフォライズド加工のデニムを使用した「スーパー・ビッグベン・オーバーオール」を生産。これは単に縮まないデニムを使用したワークウェアであったというだけでなく、「プロポーションド・フィット」というラングラー独自の革新的なアイデアによって、これまでのワークウェアにおける胸当て部分の均一な大きさに悩む労働者たちを解放することになった。このワークウェアは、それまでのワークウェアにもあった股下部分のサイズ展開だけでなく、股上・胸当て部分のサイズ展開も始めたのである。

1937年 C.C.ハドソン、死去。

1940年 ブルーベル・ グローブ・マニファクチャリング社がミシシッピ州ナチェズのH.D.ボブ社(シアーズ・ローバック社の子会社)のドレスシャツ工場を買収し、ワークシャツ、ワークパンツを生産。

1943年 ブルーベル・ グローブ・マニファクチャリング社が「ケーシー・ジョーンズ社」を買収。社名を、ブルーベル社に変更。なお、「ケーシー・ジョーンズ社」が所有していた登録商標の「ラングラー」をブルーベル社で使える事になる。

この時点で、メリーランド州、バージニア州に、計6つの工場を稼働させている。

1944年 ノースカロライナ州ルノワールで、50,000平方フィートの工場を稼働開始。

第二次世界大戦中はブルーベル社は、ミリタリーウエアの製造を開始する。陸軍、海軍、空軍、海兵隊の全軍に納めた。 供給アイテムは、ジャングルスーツ、オールインワン、デニムパンツ、コート、ジャケット、トラウザース、シャツ、フライングスーツなど多岐に渡っていた。

1945年 第二次世界大戦が終結すると同時に、ブルーベル社は戦前のワークウエア製造メーカーへと生産体制を戻す。

サウス・ガーメント社が所有していた5つのミシシッピ工場を吸収してシャツの生産能力を伸ばした。アラバマ州でも新しい工場オープン。

1947年 「ラングラー」ジーンズの発売。ファーストモデルとして、11MWが登場する。企画には、ハリウッド映画のカスタムテーラーであったロデオ・ベン(本名:ベンジャミン・リキテンシュタイン:Benjamin Lichtenstein)をジーンズのデザイナーに迎える。ラングラーは世界初のデザイナージーンズと言える。

ジッパーフライはまだ採用されておらず、フロントはボタンフライ仕様で、バックポケット上のパッチは、本革を素材に用いて内巻きロゴが刻印されていた。また、フロントのポケットも独特のフロントスウィングポケット仕様はまだ施されておらず、ワークウェア的なテイストが残されている。しかし、セルビッジデニムを使用した巻き縫いのアウトシーム、7本ベルトループ、ラウンド形状のノースクラッチリベット、ウエストバンドのラインと平行してデザインされた“ロデオ・ベン・ウォッチポケット”など、現在もラングラー・ジーンズのアイデンティティとして知られるディテールデザインはすでに開発されている。

11MWの11は試作品ナンバーを示し、Mはメンズ、Wはウエスタンウェアを意味している。

1948年 11MWのジッパーモデルが登場。11MWの品番にジッパーフライを表すZが付けられ11MWZとなり、現在のラングラー・ジーンズの基本形が完成する。ジッパーの採用は、ボタンフロントの隙間に牛の角がひっかかることにより、カウボーイが振り回される事故があった為とされている。

当初のネームパッチは本革であるが、革パッチは馬の鞍との同素材の長時間圧着で同化接着してしまうとの苦情から塩化ビニール素材へと変更される。グリッパーやコンマーが多い、タロンも在り。

また、バックポケットのステッチがM型からラングラーの頭文字を表すW型、通称サイレントWステッチに変更された。

1949年 この1年間しか生産されなかった幻の11MWがある。ボタンフライ、革のネームパッチ仕様。但し、革パッチの位置は、ポケット口に付けられていた1947年モデルとは違い、ポケット口の下になっている。また、バックポケットは補強布無しの1枚仕立てでステッチはサイレントW、バータックの上からさらにリベットを打つ際のバックポケットのステッチワークも微妙に異なるなどの特徴を持つ。

デニムジャケットのファーストモデルが誕生する。1948年に製造され1949年のたった1年間しか販売されなかったとされる11MJである。現在ではプロトタイプという呼称で呼ばれている。

ブルーベルブランドで、7.5ozデニムを使ったレディース用ジーンズ「JEANIES (ジーニーズ)」を開発。 サイドジッパー仕様、ウエストは細く、ヒップ、腿、脚にはゆとりをもたせた仕様であったという。 ラングラーブランドとしてレディースモデルが出るのは、もう少し後のこと。

【11MJと111MJの違い】

ラングラー誕生後、1948年に発表された最初のデニムジャケット11MJは、1950年頃に111MJという名称に変更された。11MJのパッチ素材は革で、111MJはプラスチックであることが識別のポイントとなる。どちらもモデルとしては1stだが、1950年代から70年代頃まで、ラングラーは頻繁に仕様・デザインの変更を行っているため、様々な種類がある。

11MJは、現在では通称プロトタイプと呼ばれることがあり、前期と後期に分けることができる。

プロトタイプ前期の特徴としては、フロントプリーツ留めがLevi'sの1st、2nd同様、ボックスステッチであることに対し、プロトタイプ後期や111MJは丸カンヌキになっている点、インサイドの両肩にある平ゴム引き、アウトサイドのアクションプリーツも存在しないところもすぐに見て判断できるポイントである。また、後脇のサイドアジャストベルトのバックル側タブがプリーツに挟み込まれてからリベットで打たれており、胸ポケットボタン、カフスボタンがスナップではなくホール留めとなっている点もプロトタイプ前期の特徴。

プロトタイプ後期の特徴としては、フロントプリーツ留めが丸カンヌキになっている点。アクションプリーツ、平ゴム引きは未だ存在せず、胸ポケット、カフスボタン、サイドアジャストベルトのバックル仕様も前期同様となっている。前期よりもこの後期の方が現存数は少ないと言われている。

1950年頃の111MJでは、ボタンがスナップボタンに変更、背中の両脇にはアクションプリーツを付与、ジャケットの裏側にはゴム製のアジャスターが付けられた。 また、フロントプリーツをとめるステッチが、特徴的な丸カンヌキに変更された。

1950年頃 11MJが111MJという名称に変更された。111MJはジョン・レノンが愛用していたことでも知られている。

1952年 デニムシャツ「27MW」を発売。

1955年 ブルーベル社はウォルト・ディズニー・オフィシャルの「デイビー・クロケット」というボーイズ・ブランドをリリースする。

1956年 ジッパーを採用した11MJZを発表。通称、セカンドとも呼ばれている。フロントプリーツと丸カンが左右縦に各一列の構成。胸ポケットは、左のみ。その代わり、下左右にハンドウォーマー・ポケットが加わり、合計3ポケットの構成。111MJとはかなり異なる外観を備えている。主力デニムジャケットは、ボタン留めのタイプとジッパーの2モデルを並行で生産・供給。

1962年 ブルーベル社は、ベルギーのヘンクに初の海外工場をオープン。これを機にラングラーはヨーロッパ進出を果たした。以後、10年間でラングラーは、マルタ島、イギリス、カナダに工場を設立。

1964年 レッドキャップ・マニファクチャリング社を買収。 同社は、レンタル・ランドリー・チェーンにユニフォームやワークウェア を供給することで知られるワークウェアメーカーだった。レッドキャップ・ブランドは現在も残され、キャップマークのワークウェアやユニフォームが生産されている。

ブロークンデニム(特殊な織り組織によりシームのねじれを防止した生地で、生地表面に出るヨコ糸(白糸)の量が少ないので、外からはブルーの色が鮮やかに見える)の採用により品質改良し、品番が16MWZとなる。

※ 11MWZのセルビッジ仕様(シームを巻き縫いにせずオープンシームで縫製)が1年間だけ販売される。この11MWZの1964年モデルは、ラングラージーンズとしては珍しいセルビッジ仕様であるため、貴重なヴィンテージの1本と言える。

1965年 ラングラーブランドのジーンズからブルーベルのマークが消える。

兄弟ブランド、マーヴェリックをリリース。

1966年 ノースカロライナとサウスカロライナ州に4つの工場を持つビーバー・シャツ社、アラバマ州ハックルバーグのハックルバーグ・シャツ社の買収に踏み切る。同年にはプエルトリコのコーラルマニファクチャリング社も買収し、3つの工場を有するプエルトリコ・ブルーベル社へと発展させていく。

1967年 J・W・カーターシューズ社買収。ラングラーブランドのウエスタンブーツ製造開始。

1969年 ヒックス・ボンダー社買収。

1972年 ラングラー・ジャパン設立。

1974年 全米プロ・ロデオ・カウボーイ協会(PRCA)が、ラングラーのジーンズとシャツを支援する。

1975年 PRCAが、13MWZを協会の公認ジーンズにも指定。

1979年 オーストラリアのAMCO社買収。

1980年 ジャンセン社買収。

1986年 ブルーベル社とVFコーポレーションが合併。 VFコーポレーションが、ラングラーとリーを傘下に納めた。

2019年4月 新会社「Kontoor Brands, Inc.,」を設立。Wrangler、Lee、Rock&Republicの各ブランド、およびVFアウトレット事業を分離。

Lee(リー)

公式 https://lee-japan.jp/

1889年、カンザスサライナにてヘンリー・デビッド・リーが食品と雑貨の卸商社「H.D.Lee・マーカンタイル・カンパニー」を創設。1911年に独自の衣料工場を設立し、デニム衣料などを作り始める。この時のダンガリーズが後のリー・ライダースになる。

アメリカの著名俳優であったジェームズ・ディーンがリーのジーンズを愛用していたことは有名である。ちなみに彼の代表作『理由なき反抗』と『ジャイアンツ』の2本に、リー・ライダースLOT101Zをはいて出演している。なお、ジェームズ・ディーンがリーバイスをはいていたという都市伝説があるが、少なくとも遺された彼の写真の中に、リーバイスジーンズをはいていた姿はない。

【リー・ジーンズの特徴】
  • 多くのジーンズはバックポケットが将棋の駒を天地逆にした形が多いが、リーのジーンズのバックポケットは下部が丸くなっている。
  • 大半のデニムブランドは右綾織りの生地を使用しているので綾目が右上がりに入っているが、リーでは反対の左綾織りのデニム地を採用している。これは左綾や逆綾と呼ばれ、左方向に撚られたZ撚りの糸を使用することで糸の撚りが締まるので綾目が際立つようになる。表面の凹凸感が少なく柔らかなため、縦落ちが出やすくなり、色落ちの過程を早い段階から楽しむことができる。履き込むほど流れるような線落ちが全体に出てくるという、独自の魅力が味わうことができる。
【リー・ジーンズの代表的なモデル】
  • 101

    リーの最も有名なジーンズといえば、やはり「101」。リー・ジーンズの元祖と呼ばれるモデルであり、シルエットは定番のスタンダードストレートとなっている。原型となるモデルが誕生したのは、1920年代。いわゆるリーライダースと呼ばれるのも、このモデル。ジェームス・ディーン氏が、公私ともに愛用したジーンズと言われている。また、史上初めてジッパーフライが搭載されたジーンズとしても有名。ジーンズの1つのスタンダードとして、近年は実に多くのバリエーションを展開している。「101B」と表記されているものがあるが、Bはボタンの意味である。

    1952年にデニムとして初めてファスナーを取り入れたモデルが「101Z」である。Zの名の通りジッパーフライデニムの第一号となったモデル。

  • 201

    ストレートモデルの中でも、比較的細身に作られたモデル。前述の101Zをやや細めにモダナイズしたストレートシルエット。101Zに比べて股上が深くなっている。その分、ウェストも細くタイトなディテール。太ももから裾に向けて細くなっていくラインとやや深めの股上のコンビが、腰回りをスッキリ見せてくれる。

  • 203

    「203」も「101Z」同様に、リーを代表する一本。ゆとりのある腰回りから膝、そして裾に向かって一気にシェイプを利かせて細くなっていくテーパードシルエット。膝から下がキュッと絞られた、現代でも通用するこのテーパードシルエットが最大の特徴。30インチからはベルトループも5本から7本にする事でウエストのホールド感がアップ。下で紹介する「205」とは対照的にウエスト周りはゆったりしていて、はき心地に窮屈さは感じない。

    ※ テーパード (TAPERED):「次第に細くなっていく」という意味。

  • 205

    カジュアルさの中にもしっかりとした印象を与えるのにぴったりなのが「205」。腰回りから太ももにかけてコンパクトに設計されており、きれいめにジーンズを穿きたいという方におすすめ。シルエットは太ももから膝、裾へとまっすぐ伸びたタイトストレート。そのシルエットはジャケットスタイルにもぴったりとはまらせることが可能。

    「203」と「205」の違いは、前者は腰から膝がゆったり、後者は腰から膝がタイトでフィット感があること。膝から裾は両モデルとも同じくらい。

  • 102

    リーのジーンズの中で唯一のブーツカットが「102」。70年代のカウボーイブーツに合わせて作られたブーツカットデザイン。膝から裾にかけて広がっていくフレアーラインは脚を長く見せてくれる効果もあるので、スタイルアップを狙いたい方におすすめ。ワークブーツなどを使って、男らしいアメリカンカジュアルな雰囲気を出すこともできる。

【日本】

1986年以降、日本での商品開発・製造、販売はすべてエドウインへ移行した。リーとラングラーのライセンスは、エドウイン傘下のリー・ジャパン㈱が所持している。

1972年 繊維専門商社「株式会社堀越商会」によって、正式に国内で販売されるようになった。

1983年7月 より市場に密着した販売戦略を展開する目的をもって、米ペンシルベニア州「VF CORPORATION」の100%出資による「H.D.Lee Asia LTD」と「堀越商会」の合弁事業により「リー・ジャパン株式会社」が設立され、国内で本格的な展開が始まる。

1986年12月 株式会社エドウイン商事が発行済み株式を全て取得し、Leeブランドの国内生産を開始。

リー・ジャパン株式会社(Lee Japan Co., LTD.)
【歴史】

1889年 カンザス州サライナにてヘンリー・デビッド・リー(Henry David Lee)が食品と雑貨の卸商社「H.D. Lee・mercantile社」を創設。

1911年 東部のワークウェア衣料製造供給業者からの不安定な供給と品質に不満を持っていた同社は、自社で製造工場を立ち上げ、オリジナルのワークウェアの生産・販売を開始。高品質な8ozデニムで作られたビブ・オーバーオール、ジャケットなどが高く評価された。

また、この時期に生産開始したダンガリーズは、のちの名作 “Lee COWBOY” へと発展していくこととなる。

1913年 「リー・ユニオン・オール (Lee Union All)」を生産。これはいわゆる “つなぎ” のことで、車を整備する時に着る作業着で、カバーオールとダンガリーズを縫い合わせたものだった。同年、その機能性が認められ、第一次世界大戦でアメリカ陸軍のオフィシャルユニフォームに採用された。

ユニオン・オールの誕生には、こんな逸話がある。H.D.Leeのお抱え運転手はこう言った。「車の整備やタイヤを交換する時に制服が汚れないように、制服の上に着るワークウェアはないものか」賺さずこのアイデアを採用。H.D.Leeは運転手の貢献に報いるとして退職時に$5,000を贈与したという。

1920年 リーのワークウェアを着た人形、「バディ・リー (Buddy Lee)」を発売。爆発的に売れる。この人形は販売促進のためのマスコットキャラクターとして作られたものだった。現在ではプレミアが付き、コレクターの間で高値で取引されている。

1921年 鉄道工員向けのワークウェア「Locoジャケット」を発表。ロコモーティブ(鉄道)ジャケットの通称。8オンスのデニム、3つの袖ボタン、少し傾いた広いポケットなど、鉄道労働者向けに専用にデザインされたものだった。

1924年 13ozデニムを採用した “Lee COWBOY”「101 カウボーイ・パンツ」を発売。絶大な支持を集める。これはのちに “Lee RIDERS” となり、“101”の 名で愛され続けることとなる。

1925年 コーンミルズ社製の新素材、「ジェルトデニム (Jelt denim)」を採用する。11.5oz程度の重さでありながら13ozの強度を誇るこの「ジェルトデニム」は、従来のデニムよりも強度が高く耐久性があり、労働者の人気を得る。

1926年 世界で初めてジッパーフライのジーンズ、101Zを発表。ジッパーがカウボーイパンツに追加されたことで、101B(ボタンフライ)と101Z(ジッパーフライ)の二つのバージョンとなった。

1931年 スリムジャケット「101J 」を発売。内側に傾いた胸ポケットは、乗馬中に反対側の手が簡単にポケットの中に届く様に工夫されたデザインだった。後年リーバイスの「557XX」はこれを模したデザインである。

1933年 「101J」の冬バージョン「ストームライダージャケット」を発売。襟がコーデュロイでウールのライニング(内張)が付いているのが特徴。後にマリリン・モンローが朝鮮戦争慰問の時に着たことでも有名。

1936年 毛の付いたままの牛革に”Lee”の焼き印を押した “ヘアオンハイド・ラベル”(Hair On hide label)が誕生。西部の匂いが漂うワイルドなこのラベルは、後に ”Lee RIDERS” の顔として受け継がれていくこととなる。40年代にはなめした革が使われるが、当時はまだ防縮加工が施されてなかったのでトゥウィッチラベル(引き攣る)と呼ばれていた。

このレザーは、cowhide(脱色していない牛の毛が付いた革)を使用している。この素材を使用した理由は、カウボーイのライフスタイルに訴求する狙いがあったからとのこと。

1944年 「101カウボーイパンツ」が「リー・ライダース」に改名される。この頃には、タイトフィットするブーツカットのシルエットに変化している。バックルバックが廃止され、バックポケットのステッチは現在と同じ「レイジーS」と呼ばれるものになる。

1946年 エロッサー・ハイネマン社を買収。同社はフリスコジーンズなどで知られる「キャントバステム」や、「ボス・オブ・ザ・ロード」などのブランドを持っていた有力ワークウェアメーカーだった(それらのブランドは買収後もリーから引き続き生産される)。

1949年 レディース・ライン “Lady Lee RIDERS” を1949年にリリース。女性からも支持されるワークウェア・ブランドとなる。

1952年 耐久性に優れたデニム生地「チェットパツイル」を開発。

1959年 白いコットンサテン地の「リー・ウエスターナー」発売。ホワイトジーンズの走り。

1963年 「リー・ヨーロッパ」を設立し、本格的な輸出を開始。アメリカ合衆国の輸出拡大に貢献したとして大統領E賞を受賞したのもこの時期。

1976年 アメリカ建国200年祭にともなって、“Lee RIDERS” をはじめとする様々な Lee 製品が日本にも紹介される。特にブーツカット・ジーンズは当時の若者の間で絶大な支持を得て、瞬く間に定番アイテムとなる。

1987年 ライダース・シリーズをはじめ、様々なモデルが日本企業によって復刻される。

1988年 幻の大戦モデルなどの歴史的名品を、蘇らせたスーパーリアル・ヴィンテージを発表。伝統を守りつつ最新のテクノロジーを導入し、新たな軌跡をジーンズ史に刻んだ。

STUDIO D'ARTISANステュディオ・ダ・ルチザン

公式 http://www.dartisan.co.jp/

1979年創業。デニムの聖地とされる岡山県倉敷市児島発の老舗アメリカンカジュアルウェアブランド。ブランド名は、フランス語で「職人工房」という意味。

シンボルキャラクターのブタがプリントされた、パロディものの衣類も製作している。ジーンズのパッチにも刻印されており、ダルチザンのトレードマークともされる、2匹のブタがジーンズを引っ張っているデザイン(リーバイスのパロディ)が愛らしい。2009年、30周年記念Tシャツ企画にて、2匹のブタのキャラクターの名前を募集したところ、「CLIPPER(クリッパー)」と「INDY(インディ)」という名前に決定した。目が×印で、パンツにボタンが2つ付いている方がクリッパーである。クリッパーの好物はナッツ、インディの好物はコーンという設定までされている。

定番デニムジーンズ

高速かつ大量生産可能な新型の「革新織機」で織られたデニム生地が主流となった時代に、生産効率の観点から生産現場から一切の姿を消したかに見えた「旧式の力織機」を “備後の地” で発見し、再稼動させることに成功。旧式の力織機で織られたセルビッチ(耳)のついたデニム生地は、昔ながらのデニム生地のみが持ちうる独特の硬さ、ムラ感、捻れ、色落ち、風合いなどがあり、失われゆく「ジーンズの本質」を感じることができる。

  • 「SD-DO」シリーズ:15oz天然藍(蓼正藍)セルビッチデニム

    日本の伝統的なインディゴ染色技法である蓼正藍(たでしょうあい)による「カセ染め」で染め上げたムラ糸で織り上げたデニム生地を使い、ジーンズが最も輝いていたと言われる1950年代以前のヴィンテージ・ジーンズを研究し、そのディテールを独自の解釈でフレンチワークパンツのシルエットと掛け合わせ製作したのが、STUDIO D’ARTISAN & SA. の記念すべきファーストモデルにして、世界初のヴィンテージ仕様のセルビッチ・ジーンズ「DO-1」である。1986年のデビュー以来、ダルチザンが守り続けた不変のモデルである。

  • 「SD-100」シリーズ:15ozセルビッチデニム

    「旧式の力織機」で織りあげたセルビッチ(耳付き)デニムであることは勿論、防縮加工(生地が縮まないようにする処理)などの近代的な加工はあえて施さず、「生機(キバタ)」と呼ばれる織りあがったそのままの状態にこだわり、真の意味で「生」といえるデニムは、現在のジーンズシーンにおいても圧倒的な個性を放っている。

  • 「SD-300」シリーズ:18.5ozセルビッチデニム

    2005年デビュー。定番シリーズの中で最もヘビーな18.5oz生地で組み上げた、強靭でタフなデニムを存分に味わえるジーンズは、レギュラーストレート(SD-301)、タイトストレート(SD-303)、スーパータイトストレート(SD-307)の3種を展開。

    18.5ozというさすがの重厚さを誇る「SD-300」シリーズのデニムは、硬さゆえのハッキリしたアタリや独特の色落ちが楽しめる。生地に負けない極厚のレザーパッチや配色の太番手バックステッチ、コインポケットのセルビッチ仕様など、定番ジーンズの中でも「SD-300」シリーズだけの仕様も魅力的。

  • 「SD-500」シリーズ:12ozセルビッチデニム

    ダルチザンの昔ながらのデニムの雰囲気を持たせながら、年中ストレスなく履くことのできるジーンズとして生まれたのが12ozセルビッチデニムによる「SD-500」シリーズ。履きやすさを最大に重視しているため、ワンウォッシュ製品であることも大きな特徴。ヘビーオンスのジーンズが多い現在のレプリカジーンズシーンだが、ジーンズの歴史を紐解けば、12~13ozこそがスタンダード。「SD-500」シリーズの12ozデニムは、ジーンズの本質をしっかりと味わいつくすには最適のジーンズと言える。(公式HPより)

Schott(ショット)

公式 https://schott-nyc.jp/

1913年、ニューヨークでアーヴィン・ショットとジャック・ショットの兄弟によって始まった。当初はレインコートをつくる工場だったが、1928年に世界で初めてフロントジッパーを採用したライダースジャケット “Perfecto” シリーズを発売。ボタン仕様しかなかった当時、画期的なジャケットとして話題となり、その後のライダース史に大きな影響を与えた。

Schottの名を世界に知らしめたのが、1950年代に発表された星型のスタッズをエポレットに配した伝説のモデル “ワンスター” である。これこそが、映画『ザ・ワイルド・ワン(邦題「乱暴者」)』で、マーロン・ブランドがまとったと言われているモデルである。

その後もバイク乗りのみならず、ラモーンズセックス・ピストルズをはじめ、多くのロックミュージシャンに支持され、時代を超えた永遠の定番として今もなお多くの人々を魅了する。

BEAMSビームス

公式 https://www.beams.co.jp/

1976年に創業したセレクトショップBEAMSオリジナルの衣料品や雑貨のブランドも展開している。

創立当初は、アメリカ西海岸のカジュアル衣料を直輸入して大成功を収め、そこから買い付け商品、BEAMSオリジナル、他のメーカーとのコラボレーションアイテムなど、取り扱う種目を増やしながら徐々に店舗数を拡大していった。

“BASIC & EXCITING”をテーマに心地良い日常着を追求するメンズカジュアルのレーベル「BEAMSビームス)」を筆頭に、20以上にも及ぶレーベルを展開している。

Right-on(ライトオン)

公式 https://right-on.co.jp/

1980年創業のアメカジを中心に豊富なアイテムを展開するセレクトショップ。全国にチェーン展開しており、老若男女問を問わず、万人に愛されている。

ストアブランド

Right-on(ライトオン)

公式 https://right-on.co.jp/

“そのままであり続ける”ジーンズや、オリジナルウェア、雑貨を軸に、遊び心やこだわりのあるブランドをセレクト。特に、デニム・ジーンズの種類が多いという特徴がある。アメカジからトレンドまで幅広く展開し、等身大のファッションを提案。

Naughty Dog(ノーティードッグ)

公式 https://naughtydog.jp/

NaughtyDogは、西海岸の心地よいライフスタイルに憧れるセレクトショップ。人に、動物に、自然にやさしいこだわりのアイテムで、何気ない日常を特別な時間に変えていきます。しあわせは、あなたのそばに。Happiness is beside you.

プロダクトブランド

Back Number(バックナンバー)

公式 https://right-on.co.jp/brand-shop/back-number

オーセンティックでありながら、アクティブなストリートウェアとしても通用するユニセックスなスタイリングを提案します。

The Flat Head(ザ・フラットヘッド)

公式 https://www.flat-head.com/

1994年創業の長野県にあるアメカジショップ「デザートヒルズマーケット」のオリジナルブランドとして1996年に誕生。ヴィンテージジーンズのレプリカモデルに定評があり、日本人の体型に合わせた細身のシルエットや、白い線の様な「タテ落ち」といった特徴がある。

永きに渡り脈々と受け継がれてきた古き良き時代のプロダクツに敬意を払い、時代と共に進化するモノづくりの高みを目指し続けている。また、国内生産にこだわりを持ち、「MADE IN JAPAN」延いては「MADE IN NAGANO」を世界に発信することも社是としている。

フラットヘッドが展開するレーベルに、アイビースタイルを提案した「Googies (グーギーズ)」、究極の素材と高度な技術を駆使したカジュアルウェアでありながらもアーバンな雰囲気の漂う「R.J.B (アールジェイビー)」などがある。

HOLLISTER Co.(ホリスター カンパニー)

公式 https://www.hollisterco.jp/

「Abercrombie&Fitch(アバクロンビー&フィッチ)」の姉妹ブランドとして、2000年7月に創立されたブランド。一般的には略して「ホリスター」と呼称されることが多い。ロゴマークはカモメで、アメリカ西海岸のサーフスタイルを意識したデザインが特徴である。価格もリーズナブルで、若者に人気のカジュアルブランドとなっている。

AMERICAN EAGLE OUTFITTERSアメリカンイーグル アウトフィッターズ)

公式 https://www.aeo.jp/shop/default.aspx

1977年にアメリカのペンシルバニア州ピッツバーグで誕生。一般的には、「AEO」「アメリカン・イーグル」などと略されて呼ぶことが多い。

【日本】

日本では、2010年12月21日設立の株式会社イーグルリテイリングとフランチャイズ契約を結び、AEO 及び Aerie商品の販売・店舗開発を行っている。以下は、イーグルリテイリング社によるブランド紹介のWebページ。

AEO http://www.eagleretailing.co.jp/brand-ae.htm

Aerie http://www.eagleretailing.co.jp/brand-aerie.htm

Aerie(エアリー)

公式 https://www.aeo.jp/shop/c/c04/

「Aerie」は、2006年にスタートしたAEOの姉妹ブランド。ブランドが掲げる "ありのままのあなたを輝かせて" をコンセプトにインナーウェアやドームウェア、フィットネスウェアまで、幅広い商品を展開するライフスタイルブランドである。

「ドームウェア」とは、アメリカの大学生寮("Dormitory"=ドーム)で学生たちが着ている洋服のこと。

POLO RALPH LAUREN (ポロ ラルフ ローレン)

公式 https://www.ralphlauren.co.jp/

1968年、デザイナーのラルフ・ローレン(Ralph Lauren)が自身の名を冠したブランドを設立。

紺色の布タグから通称「Blue Label (ブルー レーベル)」と呼ばれている。主軸として最も普及している定番ライン。キッズも展開。

AMERICAN APPARELアメリカンアパレル

公式 https://global.americanapparel.com/

1989年、カナダ出身のダヴ・チャーニー(Dov Charney)がアメリカンアパレルを設立。拠点はアメリカ。ベーシックなデザインと美しいシルエットのTシャツやパーカーが定番アイテムとして人気。

2014年6月、創業者のダブ・チャーニーが度重なるセクハラ問題で解雇された。ポーラ・シュナイダー(Paula Schneider)が後任としてCEOに就任。度重なる訴訟に加え、売上の低迷の影響もあり2015年10月5日に破産保護を申請した。経営の立て直しを図っていたが、ポーラ・シュナイダーは2016年9月に同職を退任し、同年11月14日、二度目の破産保護を申請するに至った。同時にライバル関係だったギルダン・アクティブウェア社が同社のブランド等を6600万ドルで買収する意向を表明した。

2016年11月10日、アメリカ以外の全事業を終了することを発表。日本からも全店舗の閉鎖と国内撤退をした。

なお、「アメリカンアパレル」創業者で元CEOのダブ・チャーニー(Dov Charney)は、新ブランド「Los Angeles Apparel」の展開を開始。「アメアパ」に酷似したラインアップとして話題を集めている。

【追記】

「ギルダンアクティブウェア (Gildan Activewear)」が当初の買収予定金額の約6,600万ドル(約71億円)を上回る8,800万ドル(約102億円)で、「アメリカンアパレル」ブランドと製造にまつわる知的財産権を取得。2017年1月12日に裁判所より正式な承認が下り、買収における手続きは2月上旬に完了する見込み。

GAP(ギャップ)

公式(米国) https://www.gap.com/
GAP Inc.(米国) http://www.gapinc.com/
公式(日本) https://www.gap.co.jp/
GAP Japan k.k.(日本) http://www.gapjp.com/

1969年、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコにて、デニムとレコードを扱うショップとして1号店がオープン。日本では1994年 (平成6年) 12月に日本法人 「ギャップジャパン株式会社」を設立。1995年に日本1号店が銀座にオープンした。

GAPはファッション業界のシステムに、一つの流れを作り出した。それは、自ら製品を企画し、自社製品として委託生産させ、自らのチェーン店で販売する製造小売業SPA:specialty store retailer of private label apparel)という形態である。これは、1986年にGAPが提唱した概念である。このSPAという手法で、世界で統一したイメージを作り出し、ライフスタイルの提案をより強固なものとした。

2008年にはオンライン専門ブランド「Piperlime(パイパーライム)」を買収したが、2015年にブランドを終了している。

【追記】

米国のギャップ社(Gap Inc.)は2019年3月1日に、傘下のファミリーブランドOld Navyを別会社とし、2社の独立した株式公開企業を設立することを発表した。

姉妹ブランド

BANANA REPUBLIC(バナナ リパブリック)

公式 http://www.bananarepublic.com/
日本 https://bananarepublic.gap.co.jp/

1978年に、メル・ジーグラーによってカリフォルニア州ミルバレーで、サファリテイストと冒険心にあふれるアウトフィッターとして誕生。

1983年にGAP社に買収された。買収後はブランドイメージの転換が図られ、現在の「カジュアル・ラグジュアリー」と呼ばれるアパレルブランドとなった。GAPの大人向けハイエンドライン、高級なカジュアルウェアという位置づけ。

OLD NAVY(オールドネイビー)

公式 https://oldnavy.gap.com/

1994年にカリフォルニア州サンフランシスコに最初の店舗を開き、試験的にスタート。ローンチの成功から1995年に展開を拡大、現在ではほぼ全米に店舗がある。

GAP社傘下の他のファッションブランドと比較すると、より廉価なものを扱っており、ティーンエイジャー向けのブランドとなっている。

日本での店舗数は53店舗まで拡大した。しかし、Gap Inc. は2016年5月20日、 2017年1月の会計年度末までにOld Navyの日本展開を中止、全店閉鎖を発表した。

HILL CITYヒルシティ)

公式 https://hillcity.gap.com/

2018年スタートのメンズのスポーツウェア。

ATHLETA(アスレタ)

公式 https://athleta.gap.com/

1998年に創業したスポーツブランド。2008年に、Gap Inc. が1.5億ドルで買収した。

アメリカで、Athletaと言えばこのGAP傘下の「Athleta」だが、日本の場合、既に同名の別ブランドであるブラジルのフットボール用品ブランド「Athleta」が進出しており、こちらの方が日本では名が通っている。(1935年に創業したブラジル発祥のスポーツブランド「Athleta」公式 https://www.athleta.co.jp/

INTERMIX(インターミックス)

公式 https://www.intermixonline.com/

セレクトショップ

2013年1月3日、Gap Inc. は、セレクトショップを運営する Intermix を約1.3億ドル(約113億円)で買収したことを発表した。2012年12月31日に取引は完了していた。

JANIE AND JACK(ジャニーアンドジャック)

公式 https://www.janieandjack.com/

新生児から6歳までの、ユニークで独創的なキッズファッションが揃うブランド。ハンドメイドのステッチやビンテージのプリントを使いクラッシックな伝統を大切にしている。

運営していたのはアメリカのジンボリー社(Gymboree Group Inc.)であったが、2017年6月に再生型の倒産手続である連邦倒産法第11章破産申請(チャプターイレブン)を行い、アメリカ、カナダ、プエルトリコなどで展開する同社の系列ブランド GYMBOREE” “Crazy 8” “Janie and Jack” のうち、“GYMBOREE” と “Crazy 8” の店舗は閉店する予定とした。後に1281店舗の内、375店舗を閉店した。2019年1月に2度目の破産申請を行い、再建の目処が立たず残りの約900店舗は全店閉店となる見通しだった。だが、同社の子供服ブランドGYMBOREEは「THE CHILDREN’S PLACE (ザ・チルドレンズプレイス)」の傘下に吸収される形で買収され、販売の継続を見込めるようなプレスリリースが発表された。新しいオーナーの傘下で、これから「GYMBOREE」がどのような展開を行っていくのか、現時点ではいまだ不明確な部分はは多いが、親和性が非常に高いブランドに吸収されたという事で期待が持てる。

2019年1月16日、「Janie and Jack」について、ゴールドマン・サックスの関連会社であるスペシャル・シチュエーションズ・インベスティング・グループと事業譲渡契約を締結したと発表した。ジンボリー社がニュースリリースで発表したところによると、「Janie and Jack」の経営権等をめぐり2月25日までに行われる裁判所認可の入札で、資産譲渡が最も良い条件で行われるための土台作りとして契約を交わしたという。

そして、「Janie and Jack」については、「GAP」が買収したことを以下の Gap Inc. 公式サイトで報告している。

Gap Inc. 公式サイトのNEWS(2019年3月4日):「Gap Inc. が Janie and Jackを買収し、ブランドポートフォリオをプレミアムキッズとベビーアパレルに拡大」

https://corporate.gapinc.com/en-us/articles/2019/03/gap-inc-acquires-janie-and-jack,-expanding-brand-p

『今後もサンフランシスコを拠点とするスタンドアロンブランドとして活動する。この取引は2019年3月4日に完了し、Gap Inc. は Janie and Jack のインベントリを約3500万ドルで買収した。』とのこと。

GLOBAL WORKグローバルワーク

公式 http://globalwork.jp/

株式会社アダストリアが手掛けるファッションブランドのひとつ。ベーシックなシルエットでありながらトレンドをうまくミックスしていて、ワードローブに取り入れやすいアイテムが多い。ターゲット層は20~30歳代の男女、2~8歳の子供(一部店舗では12歳まで展開あり)。

アダストリアが運営するブランド

公式 http://www.adastria.co.jp/brands/

グローバルワークローリーズファーム、ニコアンド、スタディオクリップ、レプシィム、ジーナシス、レイジブルー、ヘザー、ハレ、アパートバイローリーズ、レピピアルマリオ、アンデミュウ、ベイフロー、ミィパーセント、ラコレ、パティエラ、カレイドエビーチェ、ビジュリィ、ページボーイ、ミスティウーマン、カオス、カレンソロジー、バビロン、バンヤードストーム、ベルベットバイグラハムアンドスペンサー、ストアブランド

雪中キャンプファイヤー

今週のお題「雪」

ポイント

雪中(せっちゅう)とは、雪の降る中。また、雪の積もった中。という意味です。雪中キャンプとは、雪が降り積もった場所で行うキャンプのことです。

真っ白な雪に覆われた世界でキャンプをする

キャンプには、夏には夏の、冬には冬の魅力がそれぞれあります。

冬の季節に行うキャンプは大変だと思われるかもしれませんが、装備をしっかり整えて臨めば難しいことではありません。

ポイントは、雪仕様の道具を用意するということです。雪は解ければ水になります。つまり、防水対策が重要になります。

雪中キャンプで見た景色

雪中キャンプとは、雪が降り積もっている場所でキャンプをすることです。夏や秋のキャンプと同じく、キャンプ場で行います。

キャンプ場でどのようなサービスを提供しているのか、ネット等で事前に調べておくといいと思います。もちろん、調べた情報が古いかもしれないので、現地でもサービス内容や禁止事項が書いてある説明書きは確認しましょう。何か問題があった時に、「知りませんでした」ではすみません。

降りしきる雪

楽しさが分かる人には分かるけれど、分からない人にはさっぱり分からない。何事もそうだと思います。

昼間は樹氷を見たり、凍った滝を見たり適当に観光をして楽しみました。その後、キャンプをして焚き火の暖かさにほっぽりしながらココアを飲んで疲れを癒していました。

すると、ちらちらと雪が降り始めてきました。次第に雪は本降りになって、視界を遮るほど周囲の空間は真っ白になりました。風はなかったので音もなく、まさに雪は深々と降っていました。

明かりは焚き火とランプの光源だけだったので、視界は狭かったのですが、その分、雪の白と対比するように闇が深くて少しだけ恐ろしさも感じました。大部分は「綺麗だ」とか「落ち着く」といった感情でしたが、ほんの少しだけ自然に対する畏怖の念とも言うべき「畏れ」を感じました。それがスパイスとなったのでしょうか、「綺麗だ」という感情が特別なものになっていたように思います。

さっき書いたように、分かる人にしか分からないと思います。雪が降っているのを見て何が楽しいのかと。そう思うと思います。実際に同じ体験しても、ハマる人とハマらない人はいます。好みや相性、感覚は個人差があるので仕方のないことですが、同じものやことを同じ感情で分かち合えたらとても素敵なことだと思います。

まとめ

雪中キャンプの楽しさも伝えたいところですが、今回は「雪」の楽しみ方に焦点を当てて書いてみました。

「AMF」と「マイナビティーンズ」のトレンド・流行語ランキング(2018年大賞・2019年予想)

ポイント

あなたは、これから紹介する流行語トレンドワードをどれだけ把握できているでしょうか。中には初めて目にする言葉もあるのではないでしょうか。

JC・JK流行語トレンド(AMF)

“世界に日本のJKのかわいい文化”を発信する約100名の女子中高生マーケティングチーム「JCJK調査隊」のアンケート調査による流行語トレンドをまとめてみました。

Twitter@AMF_mg

Instagram@amf.inc

JC・JK流行語大賞2017

女子中高生向けのマーケティング支援などを手がける「株式会社AMF」(本社:東京都港区、代表取締役:椎木里佳)が2017年11月30日(木)に、「JC・JK流行語大賞2017」と「2018年JC・JKトレンド予測」を発表しました。

【ヒト部門】
【モノ部門】
【アプリ部門】
  • 1位「Instagram」(ストーリーズ)
  • 2位「どうぶつの森
  • 3位「musical.ly、Tik Tok」
  • 4位「Foodie」
  • 5位「Studyplus」
【コトバ部門】
  • 1位「○○み」
  • 2位「熱盛」
  • 3位「彼女感」
  • 4位「まじ卍」
  • 5位「ンゴ」

JCJK 2018年トレンド予測

【ヒト部門】
  • 杉野遥亮」(俳優)
  • 「英亜くん・英蘭くん」
  • 「My hair bad」(アーティスト)
  • 「藤野有理」(モデル)
  • 瑛茉ジャスミン」(モデル)
  • 「BLACKPINK」(アーティスト)
【モノ部門】
  • 「ネコノヒー」
  • 「うさぎメイク」
  • 「ヘアバンド」
  • 「ヘアラインシャドウ」
  • Mr.インクレディブル
【アプリ部門】
【コトバ部門】
  • 「どちゃくそ」
  • 「きびつい」
  • 「○○盛」(熱盛、悲盛、おつ盛)
  • 「~ペン」
  • 「森生える」

「JC・JK流行語大賞2017」と「&2018年JC・JKトレンド予測」のどちらの部門でも韓国コンテンツへの人気が集まっています。韓国のアーティストが女子中高生の憧れの的となり、好きなアーティストのファッションやメイクなどを真似して取り入れ、InstagramTwitterなどのSNSを使って盛り上がりをみせているようです。韓国ブームが女子中高生の間でどのように展開されるのか、今後も目が離せません。

2018年上半期のJC・JK流行語大賞

株式会社AMFが2018年6月29日(金)に、「2018年上半期のJC・JK流行語大賞」を発表しました。

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【ヒト部門】
  • 1位「今田 美桜」(女優)
  • 2位「BTS(防弾少年団)」(アーティスト)
  • 3位「King&Prince」(アーティスト)
  • 4位「BLACKPINK」(アーティスト)
  • 5位「けみお」(タレント・YouTuber)
【モノ部門】
  • 1位「チーズダッカルビ
  • 2位「Gong cha(ゴンチャ)」
  • 3位「ストロベリーベリーマッチフラペチーノ」(スターバックス コーヒー ジャパン)
  • 4位「オオカミくんには騙されない」(AbemaTV)
  • 5位「ウエストポーチ」
【アプリ部門】
  • 1位「荒野行動」
  • 2位「Tik Tok」
  • 3位「Peing-質問箱-」
  • 4位「Netflix
  • 5位「IGTV」
【コトバ部門】

「JC・JK流行語大賞2018」

「株式会社AMF」が「2018年のJC・JK流行語大賞」と「2019年のトレンド予測」を、「ヒト・モノ・アプリ・コトバ」の4部門に分けて発表しました。

【ヒト部門】
【モノ部門】
  • 1位「タピオカ」
  • 2位「PINKPINKMONSTER」
  • 3位「チーズドック」
  • 4位「PRODUCE 48」
  • 5位「今日、好きになりました」
【アプリ部門】
  • 1位「TikTok
  • 2位「LINEで発見!たまごっち」(LINE)
  • 3位「Zenly」
  • 4位「ZEPETO」
  • 5位「ラクマ
【コトバ部門】
  • 1位「タピる」
  • 2位「あげみざわ
  • 3位「どこまでいっても渋谷は日本の東京」
  • 4位「TikToker」
  • 5位「インスタ萎え」

2019年JC・JKトレンド予測

【ヒト部門】
【モノ部門】
  • 「チーズティー
  • 「カラフルティー
  • 「たまごっち」
  • 「ごつリュック」
  • 「豆乳アイス」
【アプリ部門】
  • 「Moru」
  • 「V LIVE」
  • 「そっくりさん」
  • 「Soda.」
  • 「ひま部」
【コトバ部門】
  • 「ASMR」
  • 「肌の治安」
  • 「○○みざわ」

【2018版】マイナビティーンズによるトレンドランキング

@mynavi_teens

@mynaviteenslab

2018年10代女子が選ぶトレンドランキング

マイナビティーンズが2018年11月15日に、「2018年10代女子が選ぶトレンドランキング」を発表しました。

https://teenslab.mynavi.jp/column/trendranking2018all.html

【モノ編】
  • 1位 Gong cha(ゴンチャ)(56.7%)
  • 2位 TikTok(53.2%)
  • 3位 AbemaTV(28.7%)
  • 4位 「シンデレラガール」(King & Prince)(23.3%)
  • 4位 チーズドッグ(23.1%)
  • 6位 3CE(15.8%)
  • 7位 PINKPINKMONSTER(10.6%)
  • 8位 これ以上可愛くなってもいいですか(10.2%)
  • 9位 韓国ミニ扇風機(10%)
  • 10位 LINEのたまごっち(9.4%)
【ヒト編】
【コト編】
  • 1位 「U.S.A.」ダンス(39.5%)
  • 2位 タピオカ巡り(27%)
  • 3位 『花のち晴れ~花男 Next Season~』(25.2%)
  • 4位 手作りチーズッグ(18.7%)
  • 5位 『太陽とオオカミくんには騙されない』(17.3%)
  • 6位 トリコダンス(16.6%)
  • 7位 全力〇〇(15.4%)
  • 8位 ヲタ活(13.9%)
  • 9位 質問箱(13.7%)
  • 10位 愛莉ヘア(12.7%)
【コトバ編】
  • 1位 エモい(34.1%)
  • 2位 ○○みが深い(30.8%)
  • 3位 ○○まる水産(22.4%)(あざまる水産、おけまる水産)
  • 4位 平成最後の〇〇(22%)
  • 5位 草(20.8%)
  • 6位 あげみざわ(18.1%)
  • 6位 しんどい(18.1%)
  • 8位 すきぴ(14.3%)
  • 9位 〇〇オブ〇〇(11.8%)
  • 10位 つんだ(10.4%)
調査方法

マイナビティーンズ』メンバー311名より自由回答のアンケートを実施。その中から4つのジャンルごとに抽出した30項目のワードをJK編集部がピックアップ。更に、13〜19歳の女性 519名の『マイナビティーンズ』会員に選択式アンケートを実施した結果です。

10代女子が選ぶトレンド予測ランキング2019

マイナビティーンズが2019年1月17日に、「10代女子が選ぶトレンド予測ランキング2019」を発表しました。

https://teenslab.mynavi.jp/column/trendranking2019yosoku.html

【モノ篇】
  • 1位:MAISON ABLE Cafe Ron Ron(36.3%)
  • 2位:チーズタピオカ(29.8%)
  • 3位:フォトグレイ(24.3%)
【ヒト篇】
【コト篇】
  • 1位:『十二人の死にたい子どもたち』(39.8%)
  • 2位:『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』(36.5%)
  • 3位:『ムロツヨシごっこ』(21.6%)
【コトバ篇】
  • 1位:(新元号)最初の○○(29.7%)
  • 2位:リアコ(27.3%)
  • 3位:今日も今日とて(23.6%)

調査方法は、「2018年10代女子が選ぶトレンドランキング」と同様に、4つのジャンルごとに30項目をピックアップ。今回は、543名(13〜19歳の女性)の『マイナビティーンズ』会員による複数選択式の結果です。調査期間は、2018年12月5日(金)~12月19日(金)に行われました。

まとめ

「AMF」と「マイナビティーンズ」ともに、テレビの影響を強く受けてドラマや映画から生まれるトレンドと、「Instagram」や「Twitter」に代表されるSNS上で波及することで生まれるトレンドの2つの側面があり、そこから更にSNS上で発展して行っているようです。

《お題》バレンタインの憂鬱

今週のお題「わたしとバレンタインデー」

ポイント

甘くてほろ苦い、スイート&ビターが入り交じるチョコレートの輪舞曲。

バレンタインの思い出

バレンタインに女性から男性へチョコレートをプレゼントするという慣習は、海外から入ってきた文化が日本で独自に発展して今の形になったそうで、世界から見ると日本のバレンタイン文化はユニークなもののようです。

バレンタイン発祥の国イギリスでは、男女いずれからもお互いに花やメッセージカードなどのプレゼントを贈り合うとのことですが、基本的には男性から女性へ贈りものをするのが一般的だそうです。友達や日頃お世話になっている人へのいわゆる義理チョコをプレゼントするという文化はありません。

ヨーロッパの多くの国々とアメリカは、イギリスと同じような感じです。細かく国ごとに特徴を見ていくと違った部分もあるようで、例えば、男女平等が浸透しているフィンランドでは、男女お互いにプレゼントを贈り合うそうです。ドイツでは、結婚や付き合っていない者同士がプレゼントを贈り合うのは有り得ないという感覚だそうです。愛の国イタリアやフランスでは、男性から女性へセクシーな下着を贈るのが普通にあるそうです。

以上のことから、3月14日のホワイトデーに男性から女性へバレンタインのお返しをするという文化も、日本で独特に発展していった文化ということが読み取れます。

学生にとってホワイトデーって微妙ですよね。昔は3月上旬に中学・高校の卒業式が多かったようですが、近年は3月中旬より前に卒業式を行う学校が多くなっているようなのです。(※Wikipedia調べ)

好き同士の本命チョコならホワイトデーにお返しのプレゼントを贈ることは自然な流れなので容易いですが、義理チョコのお返しとなるとちょっと難しいですよね。卒業式終わってるし、呼び出してプレゼントを渡すだけっていうのも何だか忍びないし、かと言ってカラオケかどこかに遊びに行くとなると、それってデートじゃん!てことになってややこしい。だったらいっそのことホワイトデーはスルーしてしまおうという人も中にはいるのではないでしょうか?

例えば、そう、あそこに悩める学生がいますね。「彼の場合」を見てみましょう。どんな結末になるか楽しみですね…

前日

バレンタインの前日、2月13日の朝はいつもと変わらず寒くて、いつもと変わらず布団から出るのに少し時間がかかった。

登校時間に間に合うギリギリの時間が迫ってくると、観念するように布団から抜け出して起き上がり、遮光カーテンを開けたのだった。

すると陽の光が全身に降り注いで、ほのかに温かさを感じた。眩しさに一瞬目を細めたが、その後すぐに見上げた空の青さに思わず心がときめいた。

わたしは、バレンタインの前日から明日のバレンタイン当日のことで頭がいっぱいだった。眠気が残っていたあたまが覚醒していく。そして、思った。今年はチョコレートを貰えそうな気がする。根拠の無い自信だが、今年は何かが違う、そう感じた。

寝癖など無いように、髪を洗って素早く学校へ行く準備を整える。不思議だ、早く起きても遅く起きても家を出る時間は一緒だ。いつもそう思う。そんなことを思いながら玄関の扉を勢いよく開けて、学校へと向かった。

学校へ着くと素知らぬ顔で机の中にフライングチョコが入っていないか調べた。手紙が入っているかもしれないことも考慮して、繊細かつ大胆に周囲に怪しまれないように3秒ほどで机の中全体を捜索したが、残念ながら何も入ってはいなかった。

ホームルームの鐘が鳴り、散らばって談笑していた者たちが自分の席に着くと、いつもの様に学校生活が始まったのだった。

その後もいつもの日常が過ぎて行った。たまに明日の話をする女子の会話が聞こえてきて、ソワソワしたが何事もないかのようにポーカーフェイスを決め込む。わたしには聞こえていない。滅茶苦茶聞き耳を立てているけど、聞こえていないふりをした。

放課後。意味もなく教室に残って窓際で友達と喋っていた。放課後もチョコを渡すチャンスがあるぞというアピールも兼ねてのことだ。

お喋りがなんとなく終わり、そろそろ帰ろうかと思っていると、渡り廊下に別のクラスの友達二人を見つけた。二人に声を掛けると、あえて触れていなかった言葉が返ってきた。

「よう、明日バレンタインだな」

クラスでバレンタインの話をすると、誰から貰えたら嬉しいかとか、好きな人は誰なのかなどと話題を振られて面倒なことになるが、こいつらなら、まあ、いいだろう。話に付き合うことにした。

話をしていると、やっぱり好きな女の子の話になった。ここで言わないでいると、こいつのことだからモテそうな女の子の名前を片っ端から言っていって反応を見るというメンタルゲームになってしまう。だからわたしは、先に10人ほどの名前を挙げて、意中の相手は本当は1人だけなのに、木を隠すなら森の中的発想で遊び人風を装った。

ふうん。と言った感じでそいつは聞いていたが、そこへ、いま名前が挙がった中の一人の女子が通りかかった。

「ねえ、こいつお前のこと好きなんだって」

は!?こいつ馬鹿なのか?しかも本命の子じゃん!と思い、わたしはパニクった。頭が一瞬真っ白になって驚きに支配された。「は?いきなりどうした?」と、今ここでそんな話はしてなかったけど、こいつは面白半分で冗談で言ってるんだぞ感を出して、わたしは半笑いで返した。

同時に、いや待てよ。ここは返事を聞いてみて、振られるようだったら「こいつの冗談だよ」ということにして、もしもOKだったらそれはそれでいいじゃないか。と思った。

わたしは、その子の瞳を覗いた。その子は驚いた顔をしていたけれど、そんな表情もとても可愛いかった。もともと大きな目が驚きで更に大きくなって、キラキラと輝く宝石のようだった。

すぐに平静を取り戻したその子は、笑顔を見せた。いきなり話しかけられて、そして内容が内容だけにビックリするのも無理はない。冗談交じりの馬鹿な代理告白、そんな空気が漂ってるはずだ。

わたしは黙ってその子の言葉を待った。

「本当?」

発せられた言葉は、最もな言葉だった。だがしかし、この馬鹿ならこう言うだろう。

「本当だよ」

ほら、やっぱり。こいつとは気が合うから行動が読める。わたしは黙ったまま、その子の次の言葉を待った。

おっと、せっかく筆が乗ってきたところなのに、誰か来たようだ。続きは来年のバレンタインデーにでも書こうと思います。学生の話ですが、中学なのか高校なのか、あえて書いていません。

GODIVA「義理チョコといえばブラックサンダーさん」度量の大きさをみせるブラックサンダーさん

ポイント

Happy Valentine's Day!2月14日のバレンタインについて、GODIVAが突然ブラックサンダーに声を掛けました。

2018年のGODIVA

2018年に産経新聞に掲載されたGODIVAのバレンタイン広告

2018年2月1日の産経新聞の一面に掲載されたGODIVAのバレンタインデーの広告「日本は、義理チョコをやめよう」について、賛否両論の声が上がりました。このキャッチコピーの後に、以下の文章が書かれています。

「バレンタインデーは嫌いだ、という女性がいます。その日が休日だと、内心ホッとするという女性がいます。なぜなら、義理チョコを誰にあげるか考えたり、準備をしたりするのが余りにもタイヘンだから、というのです」

Twitterやニュース記事のコメント欄の反応を見ると、賛否は半々くらいで、賛同する女性のコメントでは「廃止に賛成」「わかる」「良く言った」というものが割と多く見られました。

お返しは3倍返しなどという謎の考えのもと義理チョコをばら撒く女性もいるようですが、多くの女性は義理チョコ廃止に賛成のようです。学生時代の甘酸っぱい思い出として、学生の義理チョコはいいと思いますが、社会人になってからの義理チョコについては、私も廃止に賛成です。

義理チョコ云々についてはGODIVAの言うことはわかりますが、GODIVAの好感度としては、モヤっとしたものが残ります。それに引き替え、庶民的なブラックサンダーは懐が広くて好感が持てます。

2019年のGODIVA

「義理チョコといえばブラックサンダーさん…」と、突然GODIVAの公式Twitterから声をかけられたブラックサンダーですが、狼狽えつつも「贈りたい時に贈りたいものを贈りたいだけ。きっかけがうまく掴めない方は、バレンタインがおすすめ」というリツイートはなかなかうまい返しだと思いました。

本命は本命でも、告白の手前の気になる片思いの相手にきっかけとしてバレンタインを勧めるブラックサンダーには、世の乙女達を応援する温かさが感じられ、度量の大きさも伺えます。

本命にも義理にも自分用にもちょっとしたお礼にも誕生日用にも応え、あらゆる需要を満たすブラックサンダーは、まさにBFFです。

有名チョコレート

フランス
  • ラ・メゾン・デュ・ショコラ(LA MAISON DU CHOCOLAT
  • ドゥバイヨル(DEBAILLEUL)
  • ダロワイヨ(Dalloyau)
  • ジャンポールエヴァン(JEAN-PAUL HÉVIN)
  • ラデュレ(Ladurée)
  • レ・マルキ・ド・ラデュレ(Les Marquis de Ladurée)
  • パティスリー・サダハル・アオキ・パリ(Sadaharu AOKI)
  • アンリ・ルルー(HENRI LE ROUX)
  • フーシェ オリンポス(FOUCHER OLYMPUS
  • ピエール・エルメ・パリ(PIERRE HERMÉ PARIS)
  • パトリックロジェ(Patrick Roger)
  • ユーゴ&ヴィクトール(HUGO & VICTOR)
  • マルキーズ・ドゥ・セヴィニエ(Marquise de Sévigné)
  • ジャックジュナン(Jacques Genin)
  • アン・ディマンシュ・ア・パリ(Un Dimanche a Paris)
  • ル ショコラ アラン デュカス マニュファクチュール ア パリ(Le Chocolat Alain Ducasse Manufacture a Paris)
  • ジャン=シャルル・ロシュー(Jean-Charles Rochoux)
  • ボワシェ(BORSSIER)
  • シャポン(CHAPON)
  • イルサンジェー(HIRSINGER)
  • ファブリス・ジロット(Fabrice Gillotte)
ベルギー
  • ダルシー(Darcis)
  • ドゥバイヨル(DEBAILLEUL)
  • ピエールルドン(Pierre Ledent)
  • ガレー(Galler
  • レオニダス(Leonidas)
  • デルレイ(DelRey)
  • ヴィタメール(WITTAMER)
  • ゴディバGodiva
  • ピエールマルコリーニ(PIERRE MARCOLINI)
イタリア
スイス
  • カルメロ(KARMELLO)
スペイン
  • サンパカ(CACAP SANPAKA)
日本
北海道
兵庫
京都
  • 伊藤久右衛門
大阪
  • エクチュア(Ek Chuah)

《お題》節分の思い出

今週のお題「わたしの節分」

ポイント
  • 節分の日は立春の前日。閏年により立春の日にちが変わると、節分の日も2月3日から1日ずれて前後することがある。
  • 豆撒きの豆は、大豆ではなく落花生を撒く地域もある。
  • 恵方とされる方角は16方位中、東北東、西南西、南南東、北北西の4つの方角だけ。

節分とは?

まず、「節分」という言葉の意味は、四季を分ける節目の日のことです。立春立夏立秋立冬の各前日のことで、本来は1年に4度ありました。古来日本では立春より一年が始まるとされていたことから、立春前日がいわゆる「節分」として定着しました。つまり、節分は1年が始まる前日、すなわち大晦日に相当する日といえるのです。ちなみに、節分の日は必ずしも2月3日ではなく、閏年(うるうどし)には2月2日や4日になることもあります。

2025年以降しばらくの間は4年に一度「2月2日」となり、2104年には120年ぶりに「2月4日」となる予定です。その前は120年前の1984年が「2月4日」でした。

節分の由来

一般的な節分行事は、「鬼は外、福は内」という掛け声とともに鬼に向かって豆を撒く、鰯と柊を玄関に飾る、そして歳の数だけ豆を食べるというものです。

由来を辿ればこの行事、悪霊払いの「追儺 (ついな)」と呼ばれる宮中行事から発展して生まれたと言われています。

追儺

古来、季節の変わり目には鬼(邪気)が生じるといわれており、奈良時代平安時代の宮中では、節分に陰陽師(おんみょうじ)によって旧年の鬼(厄)をはらう「追儺(ついな)式」が執り行われていました。これは俗名「鬼やらい」ともいわれ、中国で大晦日に行われていた儀式が7世紀頃に日本に伝来したようです。

豆まき

邪気を追い払うために、古くから豆撒きの行事が執り行われており、目に見えない疫病や天災、飢餓など想像を超える出来事は全て「陰」によるもの、すなわち「鬼の仕業」とされました。その邪気を追い払うための邪気払いが行われるのが節分です。

諸説ありますが、「豆」が「魔目・魔滅」の語呂合わせから、節分には魔除けの力が宿る豆で鬼の目を潰して魔を滅するという説もあります。

また節分の日には、柊の枝に焼いた鰯の頭を刺した柊鰯(ひいらぎいわし)と呼ばれるものを玄関に飾ります。柊のトゲと焼いた鰯の臭いと煙りによって鬼を追い払えるとされています。

節分の思い出

豆撒きの豆は、お祓いを行った炒った大豆が用いられますが、北海道・東北・北陸・南九州など一部の地域では殻付きの落花生を撒くそうです。撒いた後も拾って中身を食べることができるので、エコでもあり清潔ですね。

鬼役をやったことがありますが、豆を撒くというより豆を思いっ切り投げつけててくる人もいて、手や首の辺りなど素肌に当たると滅茶苦茶痛かった思い出があります。

家で豆を撒く時は、「鬼は外、福は内」の掛け声とともに回収しやすいように少量撒いて、ひっそりと済ませます。いつもは大豆ですが、今年は落花生にしてみようかと思います。

節分といえば、大阪発祥とされる「恵方巻き」というのも、今では随分と全国的に広まりましたね。恵方を向いて願い事をしながら1本食べ切るというものですが、まあ、切って食べています。

ニュースで見ましたが毎年、恵方巻きを作りすぎて大量廃棄されているという問題が取り沙汰されていました。廃棄といっても、豚をはじめとする家畜の飼料に再利用される取り組みもされているようですが、やはりロスが無いようになるのが一番いいですね。

恵方

恵方とは、歳徳神(としとくじん)という神様のいる場所を指します。年徳、年神様、正月様などとも呼ばれているそうです。

恵方の決め方は、十干(じっかん)という暦に基づいて決められています。十干とは「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」の10種類で、十二支「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の12種類と併せて干支(えと)を表すのに使うものです。

恵方は十干に基づき以下の表のように決められており、恵方とされる方角は16方位中、4つの方角しかありません。そして、4つの方角を5年周期で一巡します。

十干と恵方との関係
その年の十干恵方(16方位)
甲(きのえ)・己(つちのと)東北東
乙(きのと)・庚(かのえ)西南西
丙(ひのえ)・辛(かのと)南南東
丁(ひのと)・壬(みずのえ)北北西
戊(つちのえ)・癸(みずのと)南南東
恵方の一覧 10年間の早見表(2019年~2029年)
西暦節分の日十干十二支干支恵方
2019年2月3日己亥東北東
2020年2月3日庚子西南西
2021年2月3日辛丑南南東
2022年2月3日壬寅北北西
2023年2月3日癸卯南南東
2024年2月3日甲辰東北東
2025年2月2日乙巳西南西
2026年2月3日丙午南南東
2027年2月3日丁未北北西
2028年2月3日戊申南南東
2029年2月2日己酉東北東

まとめ

節分が2月4日というのは、かなりレアな年であるということを初めて知りました。それと、南南東の頻度がやや多いようですね。